シャルロット・ゲンズブールを初めて見たのは85年のクロード・ミレール監督作「なまいきシャルロット」だった。素顔なのか

演技なのかはともかく、多感な少女期を演じた彼女は充分に印象的だった。

そのゲンズブールも即に24歳。「ジェイン・エア」で大役ジェイン・エアを演じている。150年もの間増版され続け人々に愛され

てきた名作の映画化はこれで6度目。ジェイン・エアという女性の物静かな外見に秘められた情熱、不屈の魂が、現代社会

でも熱望されるのだろう。独特な韻を含んだ完璧な英語を必要とする初の古典映画だったのだが、ゲンズブールはハンデ

を感じさせることもなく見事に演じきり、また一歩大きな可能性を提示してくれたように思う。かつて長い手足を持て余して

いたような少女も、大女優としての道をゆっくりと歩み始めたように思えた。

そのゲンズブールはVネックの洗いざらしのセーターにジーンズという、黒髪をタイトに纏めた古風なジェイン・エアと同一

人物にはとても見えないラフなスタイルで現れた。

「ジェイン・エアは非常に強く、誠実な女性です」インタビューが始まると、それが思考の源というのかマルボロに火をつけた。

「子供時代から彼女は不幸でしたが、それにも関わらず彼女は自分の自我、個性を確立していきます。演じるにあたって

一番気をつけたのは、小説のジェイン・エアにできるだけ近づき忠実に演じること。撮影中も肌身離さず本を持って何度も

読み返したの。必要な示唆はすべて本の中にあったから」

以前オーソン・ウェルズとジョーン・フォンティン主演の「ジェイン・エア」を偶然テレビで見たという。

「自分がいずれ演じることになるとは思いもよらなかったわ」

と彼女は笑うが、実際ゲンズブールのジェイン・エアの解釈はモダンでとても冴えているように思える。自分の解釈を

そのまま演技に生かすことができたのは、監督フランコ・ゼフィレッリとの出会いが大きかったようだ。

「最初は驚いたわ。というのも彼は演技指導をほとんどしてくれなかったの。今までの監督、例えばクロード・ミレールは

私に細かい指示を出して演技指導をしてくれた。それが私とっては当たり前だったの。だから初めはパニックに陥ったわ。

自分で自分の演技を管理しなくてはいけないから。でも直ぐに自分の演技に自信が持てるようになった。最初から最後

まで私を信じて完全な自由を与えてくれた彼に、今ではとても感謝しているの」

クロード・ミレールの演出論を否定している訳ではない。

「彼の場合はちょっと特別です。それは私と彼とは互いに共犯関係にあったから、話す必要がなかったの。私はとても

幼く、自分のしていることが何なのか意識してなかった。無意識的に私は、彼が要求するとおり、彼が引っ張っていき

たい方向に動いていった。それは楽しいことだったわ」

マルボロを消すと、彼女は続けた。

「先日、初舞台を踏んだんです。稽古に2ヶ月かけたのだけど、その時に初めてインテンシヴな方法での役作りを経験

しました。ある状況に、ある演技を準備する。興奮したわ、私にとっては大発見だったの。それをすればする程、本番の

自分の演技は自由になれることに気付いたんです。それまで全般的にクランクインの時は自信がなくて、大抵問題が

生じていたの。でもこういった濃密な準備をしておくと自身が持てる。その自信がますますワクワクした気持ちをもたら

してくれる。少しずつ自分の演技に責任をとるようになって、またそれが楽しいんです」

他者を演ずることを心から楽しんでいるゲンズブールだが、子供の頃から女優を目指していたわけではなかった。

「最初に出演したのは本当に偶然だったの。母があるキャスティング・ディレクターに当時の私くらいの子供を探して

いると聞き、私に勧めたんです。今でもはっきりと覚えているわ。学校から帰るとテーブルに母のメモが置いてあって

映画に出演したければカメラテストを受けに行きなさい、と住所が書いてあったの。でも私にとってそれは遊びの延長

に過ぎなかったんです」

だが彼女はカメラテストに受かり、端役でスクリーンデビュー。その後夏休みの度に何かしら出演することになり、演技

の面白さに目覚めていく。

「女優という仕事は、初めからではなく仕事をする中で、愛していった」

今ではフランスを越え、出演依頼が殺到しているが、彼女の作品を選ぶ根拠は何か。

「基準はなくて、むしろ本能的に選んでいるの。脚本を読んで物語と登場人物を100%好きになれるかどうかです。これ

からもいろんな映画に出演して多彩な役を演じてみたい。やりたい役柄を限定するのは勿体ないわ。毎回新しいこと

ができ、新しいものを学べる、自分をエキサイトさせてくれるような映画に出会いたいと願っています」

ゲンズブールの語り口は、エキサイティングな内容でもとても控え目な響きを持っている。自分でもシャイだと言って

いたが、フランス若手女優にありがちな傲慢さや大仰さは一切ない。

物腰の柔らかさ、モラルや体面や外見に囚われず自然体でいること、それが彼女の美しさをひきたたせている。

セルジュ・ゲンズブールを父に、ジェーン・バーキンを母にもつサラブレットとしていつも周囲の好奇な眼に晒されていた

少女時代を、彼女は一言辛かったと述懐する。自分をうまく守れなくて不器用な反応としていたと。しかし今、「両親を

とても誇らしく思っている」と素直に言える彼女は演技を通して新しい自己を発見したに違いない、”シャルロット・ゲンズ

ブール”という自我を。共演のウィリアム・ハートが彼女の姿勢をみて「演じることの真実を見出そうとしている」と言って

いるが、真実、それはまた自分を探す航海に他ならない。