人気女優と運よく恋に落ちてしまったごくフツウの男。しかしセレブとの結婚生活は、予想以上に
ハードだった。しかも妻の出演
作品の相手役にセクシーなプレイボーイの俳優が決定し、夫の心配は募るばかり.....。そんな妻の名は、かのシャルロット・ゲン
ズブール!母になったシャルロットと、実際の夫で俳優兼監督のイヴァン・アタルとの最新作は、まるでノンフィクションのような
ストーリー。夫の才能を信じ、私生活に重なる難役を演じきったシャルロットには10代の頃と変わらない透明感に、母として、また
妻としての芯の強さが加わってきたようだ―。
ジーンズにトレンチを羽織った彼女が撮影現場に入ってくると、スタッフから思わず「あっ」という声が上がった。そこには確かに、
幼い頃からスクリーンで観ていた愛らしいシャルロットがいる。でも、実際の彼女はずっと落ち着いた雰囲気で、自然でさりげな
いなかにも、大人の女優としての華やかさを漂わせている。その後ろで、彼女が注目を集める様子を飄々と眺めるイヴァン・
アタル。その姿はやっぱり、彼が監督し、彼女が主演した「ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール」と重なるようでいて重ならない。
これまでに俳優として何度か共演してきたふたりだけれど、今回のイヴァンの監督デビュー作では「人気女優の妻と、それに
悩む夫」というカップルをコミカルに、そして親密に演じて見せた。
「映画でも出てくるけど、きっかけは記者に「自分のワイフが女優っていうのは、どんな気分なんだ?ほかの男とキスしたりする
のは構わないのか?」って言われたことだったんだ」と、イヴァン。
「でも現実の僕らと映画のふたりで共通しているのは、結婚していることと、僕が着ているジャケットだけ(笑)。これは、真実と
虚構の中間あたりを、ふーっっとさまようような映画なんだよ」
「最初は役と自分の距離が測れなくて、大変だったわ」とシャルロットは言う。
「それに、完成作を観るまでは、すごく不安だった。自分たちを深刻に考えすぎてるんじゃないかとか、見せびらかしてるとか
思われたくなくて。でも、これって私たちのことじゃないし、コメディなの!自分たちが楽しんで、観客にそれを感じてもらえること
が大切だった。といっても、現場で楽しんだとは言えないけれど(笑)。私は彼に満足してもらいたくて、ぴりぴりしていたから。
あと、彼がボスだ、っていうのが難しくて。私はちょっと、それに抵抗してたのね。イヴァンって、普段は全然亭主関白じゃないの
よ。でも....監督業をすごく楽しんでいたみたい」
物語は現実と虚構の間にあっても、そこから伝わってくるイヴァンとシャルロットの強い絆は本物だ。女優と監督としての信頼。
作品への愛情。そして、2人の子供を持つカップルとしての結びつき。それは、彼女が作中でかぶっているマルチカラーのニット
帽について答えてくれた、こんな衣装選びのエピソードにも見え隠れしている。
「今回は私が普段着ている服と、衣装として買ってきた服をミックスしたの。あのニット帽子?あれは衣装なんだけど、イヴァン
とけんかになって。っていうよりも、勘違いだったのね、だって私は、彼があの帽子を欲しいと思っていた一方で、イヴァンは
私が、使いたがったと思ってて。結局かぶったんだけど、最悪でしょ!なんでああなったのか、わかんない(笑)」
ちなみに、映画でも彼女は自前のコート姿。劇中劇でスチュワーデスの制服は身につけるけれど、それ以外は、相変わらず
スレンダーな身体にカジュアルなファッションがなじんでいる。
「だって私、子供が生まれる前から、着ていて快適、ってことが服選びの唯一の基準なの。ドレスは居心地が悪いから、絶対
着ない。気楽に感じられること、それを着て一日じゅう歩き回れること―実用的なのが一番なの」
彼女の着こなしがいつも素敵なのは、その着心地のよさ、服への愛情が、見ている人に伝わるからだろう。
この日、彼女が撮影所のメンバーズ・サロン、「CELUX」で目に留めたのも「エルヴィス」のプリントが入ったヴィンテージの
Tシャツだった。
「でも、外国でお土産を買ったりするのはおもしろくて好きなんだけど、パリではショッピングはほとんどしないの。あんまり
楽しめなくて、そのかわり、仕事をしてないときは、全部の時間を子供たちと過ごしてるわ。家で遊んだり、家族で外出したり。
イヴァンとは何度も、「1年くらいニューヨークやロンドンに住んでみようか」って話したこともあるけど、結局、パリから出られない
のよね。パリは私のベース。美しい町、というだけじゃなくて、服と同じで、私が一番気楽に感じられる場所なの」
母としてのシャルロットを、イヴァンは「子供たちに対して率直だし、本当にいい母親だよ」と信頼を 寄せる。
「子供が生まれてから、すべてが変わったわ」と、シャルロット。「そう、子供より大切なものがなくなったの。ただ、最近は前より
恐怖を感じるようになった。以前はずっと、自分は勇敢な人間だと思ってて....。何も怖くなかったのに。でも今は、前より危険を
意識してる。今の世界の状況だと、特にね。自分にとっても恐怖はないけれど、子供たちにとって怖いものができた、っていうの
かしら。それに、自分に何かあったら、とも思うようになった。前より臆病ね、今の私は(笑)」
でも、そう笑う31歳のシャルロットは以前よりずっと自由で、軽やかにも見える。その秘密は何だろう。
「だって私は、同時に、母親になることが責任を背負うこととは信じてないから。逆に、私は前よりずっと子供っぽく、若くなった
感じがする。子供たちと一緒に、もう一度、いろんなことを楽しんだり、遊んだりすることをまた見つけ出した気がしてるの」
パリへ戻ったあと、ふたりは、イヴァンの監督第二作の準備を始める。もちろん、主演はシャルロット。
「今度は違うものになるわ。それに、次はもうちょっとラクになると思うし、ラクになってほしい(笑)。前より自信もできたし、リラック
スもできるんじゃないかしら」
イヴァンはシャルロットとまた組む理由を、「だって、身近に素晴らしい女優がいるのに、使わない手はないだろ?50歳の女性
が主人公だったら話しは別だけど」と言い切る。
でも、あなただったら20年後も、シャルロットのために50歳の女性が主人公の映画を作るでしょう?
―そう聞くと、イヴァンはにやっと笑った。「その年になったら、もっと若い女優と組むよ!」
そんなこと言ったって、信じない。今は何より次にふたりがどんな映画を届けてくれるかが楽しみだ。
text/Mari
Hagihara
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