ーバカロレア(大学入学資格試験)の準備で、この1年間くらいとても大変だったと聞いているけど、あれって そんなに

難しいものなの?

「思っていたよりもずっと、ね。もう毎日勉強ばかり。唯一の楽しみが日本食のレストランに行くことで、パリ中の日本食

レストランを回ったんじゃないかしら。得に好きなのが家の近くにある「AKASAKA」というお店。1日に昼夜と、2回行った

こともあるくらい。サシミでしょう、タマゴやきでしょう、ヨウカンのおいしさもここで知ったのよ。日本でもずっと日本食

ばかり(笑)」

ーお友達でもサシミを食べてる人っている?フランス人は生の魚が苦手だと思っていたけれど。

「そうね、みんな食べないわね。でもイギリス人のほうがもっと食べないわよ。保守的だから」(と、このあたり妙に愛国

心があったりしておかしい)

ー日本のことは、お母さんや妹のルーからいろいろ聞いていたのかしら?

「ええ。1年前にママンと日本に来たルーなんてすごいのよ。まだ7歳なのに、今、恋していて。相手は日本の仏様なん

だけどね(笑)。毎朝仏様に手を合わせてお祈りしているのよ。私、ルーのためにフランス語で書いた仏教の本を買って

帰らなくちゃいけない」

ー小っちゃな女の子が、なんでそんなに魅了されてしまったでしょう?

「私もなんとなくわかるわ、ルーの気持ちは。ほら、ヨーロッパの教会とか神様の像って、とてもストイックで厳しい感じ

がするでしょう。人間を許すとか許さないとか。でも日本の仏様ってどことなくおおらかであったかくて、両腕で包み

込んでくれるような。それでいて、完全な静けさがあって。ルーがファンになるのは当然だと思うわ」

ーさて、今回の「小さな泥棒」、とても良かったけど、自分で客観的にはどう思う?

「まだ、客観的には見られないわ。あまりにも長くジャニーヌを生きてしまったから、10年たったとしても無理でしょう

ね。ただ映画を見返すと、撮影時の幸福な時間が戻ってくる。あの時の自分も蘇ってくる。それがいいの」

ーこれまであなたが出演してきた映画って現代の話がほとんど。今回は50年だったでしょ。苦労しなかった?

「50年代だから難しいということはなかったわ。なぜならジャニーヌの持つ感情、思いはとても普遍的で、私自身

も思い当たることがあるから。それにあの時代ってフランスじゃとても有名というか、大切な時代で、たくさんの

写真や文学、映画で紹介されているから容易に雰囲気をつかめたのよ」

ー演じて好きなシーンは?

「大暴れするところ(笑)。あそこでは後で親友になる女の子と取っ組み合いのけんかをするし、海辺で警官に捕まっ

てじだんだ踏むシーンも楽しかった」

ー映画には女の子がおとなになっていく時の象徴的な場面が幾つか登場していたでしょ。特にフランスで賞まで

もらっちゃったポスターにも使われている、ぺったんこ靴をハイヒールに履き替えるところとか。あなた自身が始めて

ハイヒールを履いたのはいつ?

「この映画で履いたのが初めてよ。本当に初めてだったから全然うまく歩けないの。で、ミレール監督が「撮影前に

1ヶ月間、ハイヒールで歩く練習をしなさい」というので練習したわ」

ー「小さな泥棒」のジャニーヌという女の子の、何に一番惹かれたの?

「彼女は、人生の中でいろいろなものを発見していくでしょ。演じていると、まるで私も彼女と一緒に生きていくような

気になれて、それに一番惹かれたわ。幸いなことに度々出会いながら、人を好きになったり、自分をちゃんと主張

したりで。ただ演じていて不安だったのは、ジャニーヌという女の子があまりにもナイーブ(日本語のニュアンス

より無知でひ弱で、という意味が少し加わる)である点。繊細、というだけじゃなくて、時々、無知すぎてしまうように

見えるのでは、と心配してたの。でも、撮影が終わって前編を通して見てみると、そのナイーブさー物の見方とか

感じ方、反応の仕方とかが丸ごとジャニーヌの魅力になっていたんだな、と改めて思ったけど」

ージャニーヌとの共通点、相違点はどんなところ?

「似ているところはあまりないかもしれない。私って、彼女とは違う短所もあるし。欠点は自分でもよくわかっている

の。何かというとすぐふてくされちゃうのよ(笑)」

ーでも、お母さんのジェーン・バーキンはそれも含めて「シャルロットは即に自分というものをしっかり持っている」と

おっしゃってたわよ。

「そう?自分じゃわかんないわ」

ーそうそう「カンフーマスター」では、そのお母さんだけじゃなく、ロンドンのおじいちゃんおばあちゃん、それに妹の

ルーとまでお芝居してるけど、難しくなかった?

「一緒にやる?と最初にアニエス・ヴァルダ監督に聞かれた時はそんな気になれなかったけど、やってみようと

思ってからは難しくはなかったわ。ただし、ルーはねぇ、彼女は演技してるんじゃなくて、そこにいた、という

だけだもの、ママンとは比べられないわ」

ーあなたの性格の話をもう少し聞かせて。あなたのお母さんが、ヴァルダ監督の「家もなく、法もなく」に感動

して、監督と主演のサンドリーヌ・ボネールにファンレターを出したことから、「カンフーマスター」と「アニエスV

によるジェーンB」が生まれたという話をきいてるわ。とても自分の好奇心に正直な女性だなと思うけど、あなた

はどう?

「そうね。静かにしているほうが好きね、ロックコンサートみたいに人が集まるところは苦手だし。だからこそ、

日本のファンの人からもらうレターの、ヨーロッパ人とは自己表現の仕方が違う奥ゆかしさ、控えめなところが

とても印象深かったのかもしれない。でもね、普段は静かなんだけれど、時々すごくアグレッシブ(攻撃的)

にもなるのよ。それってみんな同じよね。人生の中で、全部の感情を自分の内側に押さえ込むわけには

いかないもの」

ーあなたがアグレッシブになった時って、どんな感じなのかな?

「だめ、内緒(笑)。でもみんなと同じだと思うわ」

ー「なまいきシャルロット」であなたと共演したジャン=フィリップ・エコフェが、あなたのことをチャーリーと呼んで

いるんだけど、ニックネームなの?

「ミレール監督が「なまいきシャルロット」の撮影の時に私をそう呼び始めて、撮影隊のみんなに伝染したのよ。

監督は公の場じゃなくてプライベートの時は今でも私をそう呼ぶわ」

ーまるでチャップリンみたいね(笑)で、思い出したんだけど、暇さえあれば映画や本を見たり読んだりしている

んですって?どんな作品が好きなの?

「本は大好き。時間さえあれば読んでるかもしれない。好きな作家はアンリ・ミショー、エミール・ゾラ、チャールズ・

ディケンズ、そうそう、カワバタ(川端康成)の「眠れる美女」も好きだったわ。映画は、もうジャンルを限定せずに

よく見る。でも、アメリカ映画はあまり好きじゃないわ。記憶力が今、すごく衰えているのですぐには思い出せない

けど、(と1分間くらい真剣に考え込んで)映画館で上映されたもののほうがいい?私、映画館にもよく行くし、ビデ

オでもいい作品をいっぱい観てるのよ」

ーじゃ、両方教えて。

「まず、最近では新人監督エリック・ロシャンの「愛さずにはいられない」が気に入ったわ。台詞がぽんぽん、若い

感覚にあふれてイキがいいの。日本で公開されるの?じゃ、本当にお勧めするわ。古い映画もけっこう見るんだけ

ど、タイトルを思い出せないわ。私、頭が悪くなったみたい」

ー時差で疲れているから、当然よね。

「うーん、でもくやしいわ。ここまで出掛かっているのに。あ、思い出した。マレーネ・ディートリッヒが出ていた

エルンスト・ルビッチ監督の「真珠の首飾」(なんと37年の作品です)!あれは良かったわ。それまでディート

リッヒの映画って好きではなかったのに、「真珠の首飾」を見て以来、大好きになっちゃった」

ーずいぶん渋い趣味ね。日本で見ている人は少ないかもしれない。他に好きな俳優はどんな人?

「私は誰かのミーハー的なファンになる、というのが信じられないの。フランスにもそういう人たちがいっぱいいる

けど。むしろ私の場合は尊敬する俳優、と言えるかもしれない。例えば男優で言うとミッシェル・ピコリ。彼は

すごい人だと思うわ。女優なら、ジュリエット・ビノシュとサンドリーヌ・ボネールね。ビノシュはとても官能的で

魅力があるし、サンドリーヌは大女優みたいな演技力があると思うわ。私よりも少し年上なだけなのにね」

ーあなたを含めた3人の女優って、これからのフランス映画界を背負って立ってくれそうで、ほら、持ち味が

三人三様だから、注目してたから、あなたの口からビノシュとボネールの名前が出たのは嬉しいわ。

「ほんと?どうもありがとう。でも、他にも尊敬できる人はいっぱいいるのよ。だからと言って、みんなというわけ

じゃないけど」

ータビアーニ兄弟が監督した新作映画はどうでした?フランス以外のスタッフ・クルーと仕事をするのはエキ

サイティングだったと思うけど。

「本当、エキサイティングだったわ。でもね、私の出番はわずか2分、いや5分かな。ほんとにほんとに小さな役

なの。聞きたい?」

ーええ、もちろん!

「主人公は一人の男で、私は彼を魅了して一夜を共にする娘の役なの。その娘のとりこなったために、男は

それまでいた宗教の世界にいられなくなって、逃げ出してしまうという話」

ー小さい役ではないじゃない。男のターニングポイントを握っているわけだから。それにタビアーニ監督って

「カオス・シチリア物語」でも「サロッ!」と名前を呼ばれて振り向いてにっこり笑うだけの男がとても印象的だった

り、と短い場面を象徴的に描くのがじょうずな作家だし。

「そう?じゃ私、「カオス」をもう一回見てみるわ。でも仕事はとっても楽しかった。イタリアが好きというせいも

あるんだけど」

ーボザール(美術学校)に入ろうとしているくらい絵が好きになったあなただもの、イタリアが嫌いなわけない。

「そうね。でもロシアも好き。夏と冬2回行ったけど、どっちも素敵だったわ。寒いの苦手な私なのに」

ー「カンフーマスター」で弾いたピアノ曲はサティ?音楽も好きよね?

「ええ。でも、ヘタだったでしょ。あんまりピアノを練習していなかった頃だから。今はもう少し上手に弾けるように

なったと自分では思うけど、他の人が聞いたら同じに聞こえるかもね。努力はしているんだけど」

ーパリではいま、自動車教習所に通っているでしょ?

「早く免許を取りたいから。でもね、学校があるからこれでなかなか忙しいのよ。バカロレアが終わってもね。

私ってすごく恐がりなの。だから、勉強するのが大変というんじゃなくて、試験を受けるのが恐かった、というほう

が大きかったみたい。今はカルトランジュ(地下鉄もバスも共通して使える定期券)でパリの街を歩いているわ。

公園の緑が好きだからマレ地区(ギャラリーが多い)のボージュ広場で一日中ぼーっとしていたり」

ー本当に一人の時間の持ち方が上手な女の子、という印象を受けるけど、自分でストーリーの脚本を書いて

みたりしてみたいと思わない?

「思わないわ。私って監督じゃないもの。でも、自分の思いを書き連ねることはあるわ。というか、毎日、何かを

書いてるの。日記みたいなものかな、もう4年も書いてるけど、時々読み返してみるとすごくおもしろい!だって

15歳の頃の文章なんて、どうしてこんなことが書けたんだろう、私って頭がへんだったんじゃないかしら、って

思えちゃうの。でも、自分で恥ずかしくなって書いたものを破ったりすることはまだないけど」

ー「獣医になりたい」というデータは違っていたみたいだけど、これからどんなことをしてみたい?

「何でもやってみたいし、いろんな所も知りたい。語学もいっぱいマスターしたいし、社会の動きにも敏感で

いたい。普通の18歳の女の子として」

ー社会人の動きといえば、昨年、中国で天安門事件が起こったとき、一番すばやく反応したのがフランス

でしたね。亡命学生を積極的に受け入れたり。

「そう!日本がどんな反応をしたかは知らないけど、ああいうふうに彼らが危機に立たされていた時は手を

さしのべるべきだと思う。自分の国が、国としてリスクを考えずにああいった反応をしたことは誇りに思って

いるわ」


アイドルタレントのようににっこり笑って「よろしくお願いしまーす」なんて死んでも言えないシャルロット。

記者会見でもその姿勢は相変わらず、「なまいきそうね」という声もきこえた。だけど、小声ながらしっかり自分の

意見を喋り、食事中もほうじ茶、ゆば、くずのお吸い物が出てくるたびに、「ごめんなさい、これ何?」と好奇心

いっぱいで作り物じゃない人生をちゃんと生きているという感じがした。

「初めて日本に来た気がしない」という彼女に「だって19年前、お母さんのお腹にいる時に来てるじゃない」と

言ったら「そう!そうだったわ」と笑顔がぱーっと広がった。最高のスマイルだった。