シャルロット・ゲンズブール&イヴァン・アタル。フレンチロリータ、ファム・ファタル....シャルロットゲンズブールにはそんなイメ
ージが強かったが、実は私生活では静かな愛を育み、もう13年にもなるパートナーがいる。その夫イヴァン・アタルの監督で
主演した映画には、2人の愛の確かさが色濃く映し出されている。
シャルロット・ゲンズブール。この生まれながらの有名人に、人はどれだけの自らが作り上げたイメージを重ねてきただろう
か。 父は、フランスの国民的ソングライターであり憎めないプレイボーイ、セルジュ・ゲンズブール。彼女を溺愛したという父
の作詞 作曲により、13歳のとき、父とのデュエットで歌手デビューを果たすが、それはたぶんに近親相姦的な内容で、フラン
ス中にセン セーションを巻き起こした。続く「残り火」「なまいきシャルロット」などの映画出演でも、少女特有の危うげな青い
性を見せ、フレン
チロリータの名をほしいままにしたのだ。それはたぶんに母の影響もあったかもしれない。あまりぱっとしな
いイギリス女優であっ たジェーン・バーキンは、フランスに移住後、セルジュ・ゲンズブールと出会う。以来、数々の彼の楽曲
を歌い、イノセントなブロン
ドガールから、官能的な大人の女性へ変身を遂げるのだ。2人の結婚生活は12年続くが、バーキ
ンは渡仏以前に若くして結婚し、 娘ももうけており、また、映画監督ジャック・ドワイヨンとの間にも娘(女優のルー・ドワイヨン)
がいるという恋多き女でもある。
一卵性双生児のように母とも仲の良かったシャルロットも、やがては母のように、ロリータからファムファタルとなり、数多くの恋
に身を焦がすのではないか。誰もが半ば期待を込め、彼女の成長を心待ちにしていたに違いない。けれど、現実は違った。
シャ ルロットは、若くして最良のパートナーに出会ってしまったのだ。
それがイヴァン・アタルだ。舞台出身で、はじめは裏方志望だった彼は、シャルロットが住んでいた華やかな世界とは無縁の、
どちらかと言えば地味な存在だった。しかし、飾り気のない人柄そのままの演技が注目されるようになり、1990年に「愛をとめな
いで」でシャルロットと共演し、2人は除々に親しくなっていったという。フランスの映画誌である「Studio」誌にシャルロットはこの
ときのことを語っている。
「この作品で起こった最大の出来事は、イヴァンに出会ったことね。撮影中の2人の思い出は実はあまりないの。本当よ。
だって そのとき、私はほかの人に恋していたのだから。イヴァンと付き合い始めたのは、もう少し後のことよ」
このとき、実にシャルロット19歳、イヴァン25歳と若いこと。以来、13年間に2人は一男一女をもうけた。2001年にはイヴァンが
監督し、シャルロットが主演した「ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブールを撮るなど、公私ともに順風満帆だ。彼女自身、自覚
していたと思うが、たぶんにファザコン気味だった彼女は、もっと大人な、もっと父のように頽廃的な男性と付き合うのではない
か と周囲から思われていた。それだけに、イヴァン・アタルという選択は以外だったかもしれない。もしかしたら、彼女にとって
も。
以前、あるインタビューでシャルロットはこう明かした。
「イヴァンは、とても幸せな子供時代を過ごしたの。それが今の彼に表れていると思う。どんな選択を前にしても、彼が落ち着い
ていられるのはそのお陰だと思うわ」
有名人を両親に持ち、そのことを誇りに思いつつも、他人とは違った特殊な環境に嫌気を感じたこともあったというシャルロット
に とって、彼と彼の生い立ちのもつ「普通さ」はかえって新鮮に映ったのかもしれない。あまりプライベートを語ることのない
二人だ が、前述の映画「ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール」には、そうしたギャップも含め、二人のプライベートが垣間
見えるような シーンがふんだんにある。公開に先立って行われた二人のインタビューからも、仲のよさは隠しようもなく伝わっ
てくる。
インタビューが行われたパリのホテルは、映画の中で2人のけんかシーンを演じた場所だ。彼女たちの真の生活はここから目
と鼻の先のアパルトマンにある。6歳の息子ベン(実はこの映画の冒頭で、イヴァンの実父に手を引かれて店から出てくるシーン
で登場)、生まれて半年ほどのアリス、13年間の夫婦の日常生活のあれこれがそこには詰まっている。
ストーリーは、名前も2人そのもの、女優シャルロットと彼女の夫のイヴァンのロマンティックコメディだ。映画は2人の生活を
しっ かり捉えているが、それはあくまでも映画という枠組みの中でのことではある。
イヴァン「妻についてのドキュメンタリーじゃないよ」
シャルロット「自分をさらけ出した感じはしないわ」
だが現実の存在とどこかしら似ているのは、偶然ではない。事実、発想のもととなったのは、彼らの実生活から来ているのだ。
イヴァンは、設定を決めるにあたって、嫉妬に苛まれる夫のストーリーを選んだのだが、10年前、本当にこう聞かれたことがあ
るのだ。「スクリーンの中で裸の妻が他人に抱かれるのを見てもなんとも思わないか?」「僕だって俳優だ、そんなこと、この仕
事にはよくあることさ」 そう言って、最初は笑い飛ばしたものだった。しかし彼もただの男。本当は気になるに決まっている。
イヴァン「僕だって嫉妬するし、心配にもなる。普通の男だし、男はいっぱいいるからね。たとえば僕が裸でベッドにいるとすると、
一緒にいる妻は女優ではなく、ひとりの女なんだ。偽りが嫉妬を生むのさ」
シャルロットがつぶやく。「お互いさまよ。互いのことがよくわかるなんて、演技。それだけのことよ」どうやら彼女より、彼のほう
が心配性らしい。以前に不安を感じた言葉は頭を離れず、彼はそれをもとに短編映画を作り、やがてそれを長編にしたいと思う
ようになった。図らずも、偶然の出来事が助けになった。当時、シャルロット・ゲンズブールは映画の撮影でロンドンにいた。
彼が、ストの影響で遅れに遅れてやっと向こうについてみると、彼女は別の男の腕の中にいた。それが映画になったのだ。ス
クリーンにぴったりの内容だった。映画ではイヴァン・アタルはものわかりのいい俳優ではなく、妻と一緒にシーツのしたにもぐ
り 込む白髪の紳士に平手うちをくらわせてやろうとするスポーツジャーナリストだ。
イヴァン「いいテーマだと思ったんだ。私生活とまったく切り離すなんて考えられなかった」彼は映画と実生活、嘘と真実を混在
させておこうと努力した。映画の中の彼女は妊娠テストが陽性とわかって、アパルトマン中にとどろく大声でわめきながら飛び
跳ねる。実生活でもそんなふうにふるまったのだろうか?答えたがらないシャルロットにたまりかねて、イヴァンが口を出す。
イヴァン「わめいたよ。僕の耳に向かって」
彼はシナリオも自分で書いた。書き終わって彼女に見せたという。
「僕はこっそり彼女が読むところを見ていた。すると、彼女が大声で笑い出した。やったぜ、って感じだったよ」
もちろん、映画はフィクションであり、2人の生活、二人の秘密はちゃんと守られている。
シャルロット「おもしろかったけど、難しかった。自分の反応を無視したり、自分を全部出したり、無理に声を張り上げたり、
信頼することも必要だった。相手がイヴァンだからできたのよ。私にそうさせるのも、かなり大変だったと思うわ」
イヴァン「シナリオどおりにやってもらうために、彼女にはあれこれ要求した。歌え、泣け、叫べ、テーブルに上がれ、自分を
吐き出せ。僕は、おかしくて生き生きしたシャルロットを撮りたかった。おろおろしたり落ち込んだりしたシャルロットではなく」
つまり、自分が一緒に暮らす妻をありのままに見せる、ということだ。彼女はもう10代のころの、車のヘッドライトに身をすくめ
る迷子の子猫のようなシャルロットではない。
一番身近で、真の彼女を見ている夫として、彼は「シャルロットの笑顔をもっとスクリーンで見せたかった」のだという。それは
成功したといえるだろう。シャルロットをいつも不機嫌で不安定なファムファタル役という枷から開放し、コメディエンヌとしての
新しい才能を引き出したのだから。それでも演技では、シャルロットはまだ身を固くするという。
シャルロット「でも、だんだん自信がもてるようになった。目標には遠いとしても」
「あまりうるさく言わないようにするよ」ぼそりと彼。
イヴァンはあくまでも尽くす男なのだ。なにせ彼は「この物語は、シャルロットに対する、何百万フランもかかった告白なんだ」
と 公言しているくらいだ。
イヴァン「ただただ彼女をきれいに撮りたかった。女優には大事なことだし・・・」
と言いかけて、妻の反応を待つ。「そうね」と彼女。イヴァンはときどき、シャルロットの悩ましげな思わせぶりに笑い出してしま
う。
イヴァン「彼女の美しさを伝えたいと願うあまり、撮るのが怖くなったこともある。職業意識の問題もあった。ほかの俳優だって、
同じように注目されていい存在なのだから」
彼女は自分のことを話す彼の言葉に、黙って耳を傾ける。沈黙の中に、彼女の答えがある。2人で人生を歩むようになって13
年ほど。お互いにいいときも悪いときもあった。何ヶ月もどちらかがかかりっきりになる撮影。残されてつのる不満。興味の
持て る仕事がないまま過ぎる毎日。
イヴァン「俳優としてのキャリアに少々行き詰まっていた。僕としてはシャルロットといつまでもベッドにいたい。朝寝して、
食うに 困らない限りは、働かずに生きていたいしね」
映画を作ることで、彼は2人のために働いている。まず、彼女のために。彼女が偉大な女優として認められるように。そして、
カメラの音とウッディ・アレンが好きな自分自身のために。アレンを師と仰ぐ彼は、今回の撮影に入る前、アレンの作品を何本
か見直したという。そう言えば、アレンも妻や恋人を主人公に、洒落た都会のコメディを撮る達人だ。それにしても、10年以上
経っても、2人の仲のよさは相変わらずだ。インタビューの途中でも、インタビュアーを置き去りにして、2人だけの会話に入っ
て しまうこともしばしばだ。たとえば、話しが2人の育った環境の違いに及んだときのこと。
イヴァン「シャルロットのことはとても身近に感じる、育った世界が違うなんて、思ったことがない」
シャルロット「あるわよ。私の母とあなたのお母さんが一緒に食事しているとき」
イヴァン「でも実家には、僕の写真よりシャルロットの写真のほうがたくさんあるじゃないか」
シャルロット「おおげさよ」
イヴァン「本当だって」
こんな2人だが、自分たちが「映画界のおしどり夫婦」と呼ばれるのを嫌っている。
イヴァン「映画の登場人物じゃないんだから」
シャルロット「自分たちのことをそんなふうに見てないわ」
とは言いつつ、今回の映画のフランスでの公開も成功した今では、早くも2人で次の映画を撮る心積もりがあるようだ。
シャルロット「この撮影の前は、もちろん不安だったけど、今、振り返ってみて、すばらしい経験だったと思う。また、イヴァン
と2人で、こうやって作品を作れればすばらしいわ。同じ人と何回も仕事をすれば、回を重ねるごとに、一緒にもっと遠くまで
行けるから、より完璧に近づけると思うの。だから、イヴァンとこれからも一緒に仕事を続ければ、二人でもっとよくなっていけ
るわ」
イヴァン・アタルというよきパートナーを得て、公私ともに充実した30代を過ごしているシャルロット。自分ともっとも近しい存
在の 人と、仕事で成果を出していけるのは、ひとつの理想の形だ。彼ら2人なら、愛を確実にゆっくり育てて行けるに違いない。
映画 という果実を大きく実らせながら。
text/Angele
Mery
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