シャーロット・ブロンテがおよそ1世紀半前に書いた『ジェイン・エア』は、当時はその新しいヒロイン像――美しくも富裕でもないが、利発で芯が

強い ――ゆえにセンセイションを巻き起こしたというが、彼女が多難
の末に愛する男と結ばれるという筋だてには、今日なら「結局、結婚して落

ちつくこと こそ女の幸せだという
わけ?」といったブーイングも少なからず起こりそうだ。だがこの小説のなかには一つ二つ、風変わりな描写

見受けられる。

主人公のジェインが家庭教師先の主人と相思相愛の仲になり、階級差を超えて婚約を
交わした後、幸福の絶頂にもかかわらず、彼女は冷静

に婚約 者を観察するのである。「〜その目は〜しつ
こくわたしの目を追い求めていたのであった。彼は微笑した。その微笑は、まるでサルタンが

喜びと愛情に
満ちて、黄金や宝石で美々しく飾らせた女奴隷をながめるときの微笑のようだとわたしは思った。〜」(大久保康雄・訳/新潮社刊)  

ある種の男性にとって、愛情が所有の感覚に近いものであることが、いく
ぶん生理的嫌悪感を交えつつ揶揄されている。キリスト教的道徳観が

ジェイ ンの行動を支配するなか、この
率直な男性観は興味深い。  フランコ・ゼッフィレリ監督による新作映画『ジェイン・エア』(春公開)は、美

い。 英国の 薄く霧がかった詩的な情景。先ほど引用したような部分はカットされ、脚本におけるジェイン像はいかにも古典世界の「耐える女」

となってい る。しかし ながら、実際の画面に現われるジェインは、脚本どおりに喋り、動いているのにもかかわらず、どうもそれだけではない。

きっと心の中で は冷静に、愛 する人の
本心をも見抜き、何事かを思っているのだろうと感じさせる、含みのあるヒロイン――それがシャルロット・

ゲンズブールに よるジェインである。


ジェイン 「彼女は人並みの感情を潜在的には持っていたけれど、それに気付いたり表現するのが不得手
だったのだと思いま す。幸福な時にも

冷静に 見えるのは、生まれてまもなく叔母に預けられて愛されず、
寄宿学校でもつらい思いをしたため。成長期に残酷に扱われ た人間は、いつ

までも他者と の間に壁を
作って、心を閉ざしがちでしょう。愛された経験のない彼女は、主人と出会ってから、自分の中に生まれた 感情が何で

あるか分からず、とま どう。けれど少しずつ、その『愛』を誰にも知られないように育てていく。
台本を読んで、その過程にひきこまれまし た。

共感する部分も多かったけれど、 どこがどう自分と重なるか
、はうまく説明できません。 『古典』ではあるけれど、主人公の感情は現代と同じに

思えましたし、どう現代
的な解釈を加える かという話はまったくありませんでした。ゼッフィレリは演技指導をしない人で、私のしたいように演じさせ

てくれました。私の何かを気にいって信頼して くれたのでしょう。  この作品をきっかけに、
十代のころに戻って、読書を心がけています。ゾラや川

端康成や、ナボコフが好き。古典の魅力も、再発見
したような気がします」

イングランド、LA、パリ 「ロケで英国に行って、フランスのそれとはまったく違う田園風景を見ることができました。ブロンテが書いたそのままの

風景 が 残っていることにも驚きました。母方の親戚がロンドンや
ウェールズにいますから、少しだけ英国が故郷という感覚もあります。でも、

やっぱり私 は、フランスで
育ったフランス人。この作品をオファーされた頃は、初めてパリ以外の街に住んでいた。LAです。面白かったなあ、

毎日。パリは 美しい 街だけど、ずっと住んでいると感覚が麻痺してしまうでしょう。LAにいたと
きは日がな目を見開いて動いていた。パリに

戻った今、ここの美を 再認識して います。  

メンタリティも随分
違うんです。LAの人たちは、会って5分後には人生とか、抱えている問題などを語り始めてしまう。パリで は考えられない

……。  ハリウッドの映画にも機会があれば出てみたいと思うようになりました。フランス映画
とは随分違うけれど、そのシンプル さのなかに、

強力な 表現が可能なのではないかな、という気がしています」

フランス語、英語 「母が英国人だから当然バイリンガルと思われているけれど、昔は英語を拒絶していたんです。フランス語が心地よくて好き、

それに 怠け者でしたから。母は家でもずっとフランス語を話していたの。
最近、『セメント・ガーデン』という映画のために本格的に英語の勉強を

始めました。 やってみると面白い。
イギリス英語はきれいだし、ロンドンから一歩出るといろんな方言があるのが興味深いですよ。フランスの方言

にはあまり大きな 差は感じられないし、映画ではいつも標準語を話すように指導されるので、英語の
ヴァリエーションは新鮮です。  このインタ

ヴューが載る号はフラン ス語の特集号なんですか。嬉しいで
すね。フランス語はとても美しい言葉だし、みんなが話せるようになってくれれば

もっと日本の人とも交流
できる でしょう。(私が日本語を話すのは不可能。難しすぎます!)しっかり勉強してください」

父 「パーソナルなことは言いたくない。芸術的には大きな影響を受けたとだけ言えます。『シャルロット・フォーエバー』(87年)の父娘関係は、私に

とっ ては風変わりでも何でもない。父は憧れの人、目標。母
もですけれど、尊敬しています。」

やりたいこと 「演技は楽しいから続けているけれど、あら捜しばかりになるので、自分が出た作品を見るのは苦痛。やりたい役、というのは特に

ないん です。台本を読んで、ほれ込みさえすれば何でも。私は演
劇の教育は受けていなくて、今でも演技のエッセンスは言葉では言い表せない

けれど、自然 に役を生き
たい、とは思っています」  とても礼儀正しく、優しい声で、ゆっくりと話す。時に「わかりません」という答えが返ってきた

が、それは彼女が 「大人びた少女」から「本当の大人」になるにあたって、どんな女性に
なりたいのか、いまだ考えあぐねているゆえとも映った。

その演技同様、自分自身 にも嘘をつかない、
純粋な姿勢の人である。