世界中の都市で、たぶんNYと並んで最も多く映画に登場しているであろう街パリ。外国人の目で見たパリの姿もいいが、やっぱり
この街で生活している人間の撮ったパリは格別の表情を見せてくれる。イヴァン・アタルが「ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール」
に続いて監督した「フレンチなしあわせのみつけ方」の舞台も、もちろんパリだ。
「でもさ、パリの方がNYより撮影しづらいよ、遠近感からいっても、パリの方がNYよりカメラのフレームを切るのが難しいんだ。パリは
道がまっすぐじゃないからね。それでも、自分の大好きな街、地域を映画に収めるのは喜び。ずっとここで生きてきて、友達も家族も
ここにいるから、パリ以外で暮らすなんて考えられない。ただし、北野武監督から出演以来がくれば日本に行くよ(笑)」
こう言うイヴァンの言葉に、シャルロットも「私も同じよ」と即同意する。シャルロットの母ジェーン・バーキンは生まれ故郷イギリスを離れ、
あえてパリを人生の拠点に選んだわけだが、「ロンドンってここパリから近いから、母は何か家族の行事があると、私たち子供を連れて、
しょっちゅう実家に帰ってたの」とかつてシャルロットが教えてくれたように、パリを足場に幅広く活動するのが今の二人に一番マッチして
いるのかも。
「確かに私のこの後に新作映画は3本ともフランス映画じゃないんだけど、外での仕事を終えたら、大急ぎでパリに戻ってくるの」
シャルロットもイヴァンも「ここが一番自分自身でいられる」とか。
二児の母となり、すっかり大人の女性シャルロット。実はバカロレア(大学入学資格)を目指していた17歳の頃は、「左手に羊羹を持って
猛勉強し、(当時自宅のあった)16区の日本食レストランは全部行ったわ。自分へのごほうびで」という、とんでもな和食フリーク。
「家族はみんな和菓子があればあるだけ食べるんだけど、そういえば太っている人っていないわね(笑)」というのがうらやましい。
「僕だって昔から日本食が好きだったけど、シャルロットと一緒に暮らすようになったら、とにかく頻度が物凄いんだよ。毎日日本食を
作ってくれるんだからね」
もちろん最後のくだりはイヴァンの冗談だが、まじめな顔でジョークを言うところは、「フレンチなしあわせのみつけ方」で彼自身が扮して
いる浮気な夫ヴァンサンにどこか似ている?
そういえば、映画の中でヴァンサンの両親が一言の言葉も交わさず食事をするレストランのシーン。浮き沈みのあった夫婦の年輪が
表れている印象的な場面だった。
「無言で何かを感じさせる、か。はっきり言って、それを演じるのがそんなに難しいとは思わないよ。でもあそこはアヌーク・エメとクロー
ド・ベリという俳優によるところ大だった。彼らの顔、感情、各々の歴史があのレストランの表情とあいまって独特のものを醸し出してくれた
んだよ」
この夫婦役はもちろんイヴァン&シャルロットの理想系だろう。きっとパリのブラッスリー・ボファンジェは銀婚&金婚カップルの聖地と
なるはずだ!
「イヴァンは私にすごくすごく影響を与えてくれたの。例えば、映画。といっても、彼は私の映画の趣味を変えたんじゃなくて、それまで
私が魅力に気がつかなかった映画を発見させてくれたのよ。まぁ私はとっても若かったこともあって、70年代の映画はあまり見てなかっ
たんだけど、彼の物事の見方と一緒に、映画も発見した感じかな。例えば「ゴッド・ファーザー」の1は見てたけど、私2と3は観ていなかったから」
「70〜80年代のアメリカ映画の大部分がそうだろう?」
「アル・パチーノの「狼たちの午後」なんかもそうだし」
映画好きの二人の会話はこのまま続きそうだったけど、「でも1本だけずっとシャルロットと意見が一致していない映画があるんだ。彼女
は素晴らしいと褒め、僕は大嫌いというある映画(笑)」とイヴァンが教えてくれて安心。それでこそ夫婦よね。
「好んで行く映画館も僕ら別々だよね。僕は12区の再開発地区ベルシーのUGCの大きなシネコン。実は今回の映画の撮影にも使わせ
てもらったんだけどさ(笑)」
「私の場合はシャンゼリゼの映画館が好きで、よく行ってるわ」
シャンゼリゼと言えば、今回の映画、最大のサプライズ・シーンがこの大通りに面するヴァージン・メガストアで撮影された。イヴァン扮す
るヴァンサンの浮気を知って、シャルロットが演じる妻ガブリエルの方にも「どうなるかわからないわよ」的エンディングが待っている、その
伏線となるシーン。なんと彼女はジョニー・デップ扮する見知らず男と、レディオ・ヘッドの「クリープ」を一緒に試聴するのだ。
「僕としては、彼女(ガブリエル)だって他の男に恋をするかもしれないと観客に予感させるためにあのシーンを撮ったんだ。最高のシ
チュエーションだったね!」
ジョニーはシャルロットの父、故セルジュ・ゲンズブールの信奉者。それもあってのサプライズ出演なんだろう。しかも彼、
「人前では喋らないぞ」と言っていたフランス語までちゃんと披露してくれる。パリってそんなミラクルも似合う街なのだ。
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