好きな作家は?そう訊かれたシャルロット・ゲンズブールは、囁くような小さな声で「アンリ・ミショー、エミール・ゾラ、コウセイ・カワバタ....

それに、ボードレールやランボーの詩」と答えた。このランボーの「地獄の季節」が世にあらわれた時、小林秀雄は「それは一つの事件

だった」と語ったがシャルロットは、いままさにフランス映画界の事件になっているのである。

「60年代の神話、セルジュゲンズブールとジェーンバーキンのカップル、から生まれた一つの神話」とアニエスヴァルダに言わしめた

シャルロットは、10歳の時すでに、自然に人を惹きつけるカリスマ性を発揮し、17歳で出演した「小さな泥棒」では母ジェーンを「鳥肌が

立つくらい」感動させてしまう。

「なまいきシャルロット」、「小さな泥棒」の二作品で彼女を起用したクロードミレール監督もシャルロットのことを「カメラが恋せずにはいら

れない顔」と語っている。

「彼女の魅力がどんなものか言葉でいいつくすことはできない。映画を作る者の欲望をそそらずにはいない顔、感情の先端にわずかに姿

を現したようなエモーショナルな声、そして静寂を含んだ演技。台詞は彼女の口から発せられると、自然で不思議なクオリティを持つようになる」

目の前に現れたシャルロットは、ミレール監督の言葉をまつまでもなく、予想以上に静かで、初対面の人間を目の前に、居心地悪そうだった。

「知らない人とはほとんど一言も口をきかない」といわれる彼女は、早くも言葉よりも微笑を選ぼうとしていた。

ークロードミレールは、あなたとの出会いを幸せな出会いと語っていますが、あなたにとってはいかがでしたか?

「二本の映画といっても「なまいきシャルロット」の時の私は13歳、「小さな泥棒」を撮り終わって、私はいま18歳になっているのです。トータルで

5年間監督といっしょだったわけです。この長い時間、映画を作るということだけでなく、監督と共同作業をしているようなものでした。この5年間は

私にとって宝物のような思い出になっています」

ちょっとはにかみ、俯き加減で、消え入るような小さな声で話し始めたシャルロットは、早くこの場を逃れて、自分を落ち着かせる孤独の中に

逃げたがっているように見えた。彼女は小さな時から、ひとりで絵を描いたり本を読んだりして、いつまでも退屈することのない少女だったという。

−「小さな泥棒」はこのシノプシスを遺したフランソワトリュフォー自身が、ベルイマンの「不良少女モニカ風の作品」であり、「少女版大人は判って

くれない」だと語っていますが、スーパースターを両親に持つあなたが、誰にも好かれようとしない女の子を、このようにすばらしく演じられるとは!

「私でなくとも、普通の女の子をすばらしく演じられる女優はたくさんいると思います。それに、私はフランスでちょっとだけ有名になっただけです、

スターだなんて言われるのはとてもつらい」

ミレール監督は、トリュフォーの遺言といわれた30ページほどのシノプシスを映画化することになった時、ヒロインにシャルロットを想定して

台詞を入れていったという。

「シャルロットはカメラの前に立って台詞を喋りだしたとたん、その人物になりきることのできる女優で、彼女が喋るとそれはまるでアドリブ

であるかのように自然になった」ミレール監督はシャルロットの、そうした天賦の才能に驚き続けたという。

シャルロットが「小さな泥棒」でとくに楽しく演じたところは、意外や、感化院での喧嘩のシーンと、海辺で彼女を拉致しようとする警官ともみ

合うシーンだったという。そういえば、ジェーンバーキンも「カンフーマスター」でシャルロットともみ合うシーンで彼女の迫力に驚いた、と語って

いたことがある。静かだとみえるシャルロットは、もしかしたら、心の奥深くにそんな激情を隠しているのかもしれない。

だが、いくら「小さな泥棒」をドキュメンタリーに演じようと、「ヒロインのジャニーヌと私は似ていないし、違う」と言い切るのだから、彼女の演技

力はますますすごいということになる。

−ところで、お母さんのジェーンバーキンを女優としてどう見ていますか?

「母のことを人の前で評価するなんて、とてもできないし、困ってしまう。どうしてかというと、その質問に答えようとしたらいいことしか言えない

からです。そうお断りしたうえであえていえば、母ってすてきな女優です」

いっぽうジェーンのほうはといえば、「シャルロットが出演したミレール監督の作品はほんとうにすばらしい」「シャルロットにとって素晴らしい

作品が証拠として残ったわね。将来、子供に自慢してみせられるわよ」と賛美を惜しまない。その母に言わせれば、シャルロットはいつも、

物事の中でなにが大切なのかを見極める目をもっているという。つまり、すでにして、自分を持っている少女なのだ。

だから、「あなたの短所は?」と問えば、「すぐにふてくされる。自然でない。とくに人の前では自然になれない。私って短所の多い子なんです」

とクールに自分を分析してみせるのである。

「小さな泥棒」のあと、彼女はタヴィアーニ兄弟の新作「太陽は夜も輝く」に出演して日本にやってきた。「修行僧が山へ修行に出る前に一夜を

ともにすることになる女の役で、出演時間はたった5分間。タイトルも思い出せないほど小さな役です、その後はベルトランブリエの作品に出ます」

ミレール監督がもっとも信頼する監督の一人ブリエへの出演も決まって、ミレール監督は思わずこう言ったそうだ。

「ぼくもシャルロットなしに頑張らねば.....」

トリュフォーやミレールとは違って、女性に対していささか冷たい視線を持つブリエ監督の新作に出て
シャルロットがどのように変わっていくか

楽しみだが、シャルロットも早晩、少女でなく女を演じなければ
ならない年齢にさしかかっている。ブリエはそのターニングポイントを見事に

クリアする役を果たすかも
しれない。

だが、シャルロットは「歳をとるのはいや。歳をとるなんて考えてたこともないし、そう考えるのもいや」と、まるで永遠に青春を行きたがっている

ような強い口調になった。

シャルロットよ、永遠に青春を生きるがいい。その細い項、透明な横顔を見れば、監督なら誰でも、ここに青春映画の発芽を見るであろう。

ミレール監督は彼女の魅力を「ネガの魅力」と語っていたが、なるほど
シャルロットは、静かに近づいてきて、いつか魅惑の罠に人を捉える

不思議な少女だった。