2009年の顔としてシャンゼリゼのイルミネーションの点灯式を彩り、モード誌のみならず、カルチャー誌からストリート誌まで

あらゆる雑誌の表紙を征し、メトロの壁からカフェの窓まで、彼女の姿を目にしない日はないほど、いま、フランス中が

シャルロット・ゲンズブールに沸いている。

「私はアーティストじゃないわ。なぜなら私はなにかをクリエイトできる人間ではないから」

以前と少しも変わらない細い声だが、そこには確信が加わり、自らを明晰に分析する様は、以前にはなかった自己プロ

デュース力の片鱗さえ感じられるようになった。

数年前、姉のケイト・バリーのスタイルから拝借し、いまや彼女のトレードマークとなったスエードのウェスタンブーツに

黒の深いVネックのニットからは一粒のダイヤモンドのネックレス。それがインタビュー時の装いで、「まるでユニフォーム

(笑)」と彼女が言うシャルロットの定番スタイルだ。

カジュアルなスタイルをモードな旬の着こなしに見せてしまうさり気ないファッショセンスと、内気な少女のような繊細さ。

そういった、彼女に対して私たちが抱いている、ともすれば、それこそ定番的になりがちなイメージをさらりと壊してしまう

ニューアルバムを携えて、シャルロットが3年ぶりに音楽シーンに戻ってきた。

父セルジュ・ゲンズブールのプロデュースによる「魅少女シャルロット」からは20年がたち、エールのプロデュースで

「私にとってはファースト・アルバム」という「5:55」で本格的に歌手活動を再開し大きな評価を得たのが約3年前。

今作「IRM」のプロデュースは、かねてからセルジュ・ゲンズブールの大ファンと公言する、あのベックが担当している。

「ギターは彼の三本目の手。たぶんギターと一緒に寝てるんじゃないかしら(笑)。それくら四六時中ギターを抱えて

常に何かを作曲しているの。本当にクリエイティブで、彼のような人こそ真のアーティストだわ。病院の検査のMRIの音

から曲のアイデアがわいたんだけど、なんていうか、私の言葉からすぐに曲が書けてしまうの」

2007年、水上スキーの最中に転倒した事故が原因で、脳内出血を起こし大手術を受けたシャルロット。その体験がこの

アルバムのスタート地点になっているという。

「病院に運ばれた時、死をすぐそこに感じたの。そして、とてつもない大きな恐怖も。自分は勇敢で、死を直視することが

できる人間だと思っていたけれど、違ってた。そんな危うい自分と直面するのは嫌だったけれど、同時に私たちはもっと

自分たちが抱えている恐怖について語ってもいいんじゃないかって思った。それがきっかけで、このアルバムへと繋がっ

たの」

MRIを思わせる冷徹なノイズに溢れた楽曲「IRM」を中心に展開されるアルバムは、やはり父セルジュ・ゲンズブール

からの影響を感じとらずにはいられない。

「ベックはとても人の感情に敏感な人で、私にとっていまだに父があまりにも大きな存在で、そのことについて話すこと

すらできないことをすぐに感じ取ってくれたの。だから言葉にするでもなく、たとえば、自然にアフリカ的リズムを取り

入れたりしてくれた。私はそうやって父の音楽の面影を感じることで、同じものを分かち合っている気がしてとても

嬉しかった」

いまだに父の死との折り合いがつかず、そのクリエイティビティにも怖気づいてしまう。セルジュの存在はシャルロット

にとってそれほどまでに強烈で、遠いアメリカを経由し、ベックというまったく違ったカルチャーを持ったアーティスト

を通してはじめて、やっと向き合えるものなのだ。

現在のシャルロットにとって、もしかしたら夫のイヴァン・アタルがセルジュ・ゲンズブールに近い役割を担っているの

かもしれない。たとえばフランスのテレビ向けに行われたスタジオライブでも、イヴァンは観客の目に付かないように

だがシャルロットからははっきり見える位置にしゃがみこみ、最初から最後まで、時にはジェスチャーでメッセージを

送りながら、自分のことのように真剣に彼女のパフォーマンスを見守っていた。

「彼のことは誰よりも尊敬しているわ。19歳から彼と一緒にいるけれど、出会ったとき、私は父の死に打ちひしがれ

身も心もぼろぼろの状態だった。そのどん底からそっと救い上げて私という人間を立て直してくれたのが彼なの。

それ以来、ふたりでいろいろなことを乗り越えてきたわ。まるで何度も生まれ変わって違った人生を送っているけれど

いつもこの人、イヴァンなんだ、という気がする」

そんな圧倒的な精神的支えであるイヴァンとさえ、距離を置かざるを得なかった経験が、昨年カンヌ映画祭で過激

な性描写が賛否両論を巻き起こしたラース・フォン・トリアー監督作「アンチクライスト」の撮影だったそう。

この作品の中ではシャルロットは子供を失い、狂気に絡めとられる女性を心も身体も裸にして演じきった。

「あの撮影ではものすごく疲弊してしまった。すばらしい体験をしたと同時に、自分のやったことにまったく自信が

持てない気もしたし、何しろ長く続くヒステリーの発作のような状態だったから!そして撮影が終わり、突然日常に

戻されて、ひどく孤独で、自分を完全に失ってしまったの。いつもそばにいてくれるイヴァンも、映画の内容を考える

と、この撮影の時だけは距離を置いていたのも大きかったわ」

そんなショック状態が続くなか、始められたレコーディングでは、不安定な精神状態をベックに対して隠すことなく

伝えていたという。結果できあったものは。

「死や記憶、暴力ややさしさ、奇妙さ、人生の中に起こるあらゆる事柄が詰まっているの。死に面して生を見直すと

いうか、人生を一度払俯瞰して、これまでの状況整理をしたような感じね」

これまでセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの娘というあまりに大きなステイタスに押し潰されがちだった

彼女。大手術に、スキャンダラスな作品への出演、カンヌ映画祭の主演女優賞など、これまでにない衝撃を

いくつも抱えた日々を経て、少女の面影を残したまま、内面を包み隠さず差し出せる強さを得た。

シャルロット・ゲンズブールは38歳を迎えた今、成熟した女性という人生の段階を自らの手で掴み取ったのでは

ないだろうか。

「以前はステージで歌うことがあまりにも怖すぎてできなかったけれど、今作ではコンサートをしたいと思っている。

まだ人様にお見せできるようなものなのかどうか、自分で判断つきかねているんだけれど」

日本で彼女の歌声が聴ける日も近いかもしれない。