「お会いしたことあるわよね?」 リヴォリ通りのオテル・ムーリス。 バルコニーからチュイルリー公園を望む部屋に現れたシャルロット

ゲンズブールは、はにかんだような笑顔を浮かべて、そう言った。 そう、彼女
にインタビューするのはこれが1年振り3回目。 

でも、この反応は驚きだった。 なにしろ初めて会ったとき
の彼女ときたら、噂にたがわず、聞き取れないようなか細い声で話し、こちら

の顔もまともに見られないほど
内気な少女だったから。 昨年、横浜映画祭でのインタビューでは「母親になって強くなった」と自身も認め

るだけあって、出演作について熱心に語る大人の女優に成長していたのに関心したものだ。 でも、ちゃんとインタビュアーの顔まで見え

ていたなんて思わなかった。
その彼女がパトリス・ルコント監督の「フェリックスとローラ」で、女優としてのさらなる飛躍を見せている。 

ここで彼女が演じるローラは無声映画の女優のような濃いメイクに悲しみを隠しているかのような娘。 そのたたずまいに惹かれたフェリ

ックスを、謎めいた過去をちらつかせて虜にしていく。 

「ラブストーリーとしては、すごくシンプルだし、けして目新しいものじゃないわ。 でも、ローラというキャラクターに惹かれたの。 彼女は

自分をドラマティックに見せるために、ウソの物語を作り上げる。 もちろん私
はそんなことはしないけれど女優という仕事は自分とは別の

人物を作り上げるからね。 自分を演出すると
いう意味ではローラと大きな共通点があるわ」

実はローラが濃いアイメイクの下に隠しているのは哀しみではない。 ルコントが探偵小説のファム・ファタルからヒントを得た、目の縁を

黒く隈どるメイクは、ローラという人物を作り上げる大きな武器になってい
る。 

「ローラはすべてが極端。 子供っぽいくらいになんでもイエスかノー。 あげくは愛のために生きる
か死ぬかの問題にまでなってしまう。 

もう若くないのに思春期で成長がとまっているのよ。彼女のへたく
そな濃いメイクはそんなふうに何でも不器用にやりすぎてしまう生き方

を映し出しているのね。 私には役
作りのメソッドはないんだけど、ヘアやメイクが出来上がっていくうちに、だんだんキャラクターが固まって

いく。 今回はテストを繰り返すたびにメイクが濃くなっていったんだけど、スタッフの誰もがローラならそれが当然だと思ったわ」

この何でもやりすぎてしまうヒロインはナチュラルが魅力のシャルロットとは対極にある。 が、同時にローラにはこの夏30歳の誕生日を

迎えてもなお、いつまでも少女らしさを失わないシャルロットと重なる部分
もある。 実はそれがルコント監督がシャルロットを起用した理由

でもある。シャルロットは年々成長しなが
らも思春期のもろさやはにかみを保っている。 僕はそうした彼女特有の魅力を、ローラの物語に

取り込み
たかったんだ。 ローラは思春期の迷いや苦悩を引きずりながらも、強い恋愛感情を抱いたことで大人へと歩みはじめ、自分自身

になっていくからね」 そう語るルコントの狙いは成功した。 

彼の親しい友人でも
あるジェーンバーキンは「フェリックスとローラ」を観て、彼に電話をいれたという。 なぜならローラの中にシャルロット

を見いだして、涙が出るほど感動したから。 なるほど、ローラはフェリ
ックスとの出会いによって自分自身を見つける。 イヴァン・アタルと

の出会いが、娘シャルロットの明るさ
を引き出したと常々語っているジェーンには、ローラと彼女の姿が重なったことだろう。

「すごくパーソナルな問題になっちゃうけど、若い時からすごく年を取っていた気分だったの。 それが、彼と出会って、忘れてきた青春を

取り戻したっていうのかな。 すごく楽になったのよ」 

シャルロット本
人もこう認める。 が、ローラにシャルロットを重ねる周囲とは少々考え方が違うようだ。 ローラへの共感を示すために、

「私も少女時代は日記に作り話を書いていた」 とプレスに話したことが、思わぬ
反響を呼んだのにも戸惑っているほど。 

「ローラと私には特に共通点なんてないわ。 彼女みたい
に誰かの愛を試すためにゲームを仕掛けたりなんかもしない。作り話を書き

溜めたことがあるといった
のも、私にもローラに近い気分の時代があったってことを伝えたかっただけなのよ。 それが、方々で取りあげ

られて、まるで子供の時は毎日作り話しを日記に書いてたみたいになってしまって。 そんなこ
とは本当に一度か二度だったのに(笑)」

世間が抱くイメージと本人が考える自分自身の間には、得てして大きな隔たりがあるものだ。 ローラが内に秘めている少女のもろさは

確かにシャルロットの持ち味である。 が、いつも何かに流されているか
のような、はかなげな印象を 与える彼女は実際はかなり芯が強い。

シャルロット自らイニシアティブを取って、映画以外のプロジェクトを進めることすらある。 実はいまも、絶大な人気を誇る、亡き父セルジュ

ゲンズブールに関するウェブサイトを製作中なのだ。 

「ユニバーサ
ルミュージックにはもう、父のオフィシャルサイトがあるの。 歴代のジャケット写真が見られたり、とても内容が充実している

のよ。 私が進めているのはそれとは別。 父が住んでいた家の内部をファンに見て
もらうミュージアム的なものを考えてる。 このプロジェ

クトは10周忌とは関係ないの。 私がインターネッ
トに興味を持ったのがきっかけで思いついたのよ」

シャルロットがインターネット? ちょっと以外だが、彼女はかなりのPC愛用者。 愛息子ベンを連れて行くイベントもネットで検索したりする。

「仕事にPCが必要ってわけじゃないんだけど、PCをいじるのが好きなの。 CD-ROMも育児玩具として活用しているわ。 ベンは4歳だけど、

マウスも自然に使いこなすんだもの。 驚いちゃうでしょ(笑)」 

この秋はそのベンの父親イヴァン・アタルが初監督し、シャルロットが主演するコメディ 「Ma femme est une actrice」 がフランスで公開

される。 「イヴァンは監督しながら演技もしているから、すごく大変だっ
たはずよ。 彼は監督としてはすごく要求が厳しいし、現場では彼と

意見が食い違って闘うことも結構あっ
た。 それに私たちはこれまで監督と女優という関係になったことがなかったでしょ。 私も監督である彼

の前で怖気づいたり、彼も女優である私の前で怖気づいたり。 お互い気を使うことも多かった」 

「デッドマンウォーキング」 の撮影中に別居したティムロビンスとスーザンサランドンの例もある。 俳優カップルが監督と女優として仕事を

するのは、やはり大変なのだ。 

「実は私たちも撮影中は別々に暮ら
したほうがいいかもっていう話が出たのよ。 結局実行はしなかったけれど。現場で闘っても、家に帰っ

ら仲良くしてたのかって? それに答えるのは難しいわ(笑) 日々、状況は違うんだもの。 ただ、監督
としてのイヴァンはとてもすばらしい! 

みんなに的確な指示を与えて映画を撮り上げた彼が、ますます
好きになったわ」

セルジュのサイトについて語るシャルロットの口調は、彼女には珍しく熱を帯びていた。 けれども、監督イヴァンについて語るときもまた、

その口調は同じように熱っぽかった。 あふれる愛を抑え切れないかの
ように。