カンヌのクロワゼット通りを見下ろすヴィラのテラスで、シャルロット・ゲンズブールは微笑んでいる。今年、彼女はスキャンダル
を巻き起こしたラース・フォン・トリアーの「アンチ・クライスト」に出演し、主演女優賞を獲得した。過激な暴力描写に満ち、観る
ものにショックを与えるこの強烈な作品に、シャルロットはヌードも辞さず、文字通り体当たりの演技で挑んでいる。いま、目の
前で静かにシャンパンをすするこの繊細な女性に、いったいなぜそんなことが可能だったのだろうか?
−ラース・フォン・トリアーは女優に対してとても厳しいことで有名ですね。ほとんど虐待に近い扱いをすることもあるとか。今回
はいかがでしたか?
「撮影に入る前に、ビョークやニコール・キッドマンが「ダンサー・イン・ザ・ダーク」や「ドッグ・ヴィル」の後で彼について語って
いることは耳に入っていたの。だから、ある程度の覚悟はしていた。でも実際に仕事をしてみると、ラースはとてもやさしい
人だし、ときどき精神的にとても落ち込んだ様子を見せることもあって、私にできることならなんでもしてあげたいという気持ち
にさせられた。彼自身が抱えている問題には、結局なんの手助けもできなかったけれど。私も精神的に快調とは言えない
時期だった。脳内出血で手術をしたばかりだったし、そのせいでしばらく仕事をしていなかったし。とても感じやすくなって
いたけれど、それはこの映画のためによかったと思うわ」
−ラースはあなたのことをとても熱心な女優だと評価しています。彼の映画だから熱が入ったということはありますか?
「いいえ、私はいつもと同じように仕事をしたつもり。変わっているのはラースのほう。現場にいてもあまり仕事している感じ
がしないの。シナリオの読みあわせもほとんどしなかったし、リハーサルも嫌いだし、俳優が質問しても答えないし、そも
そも映画について話し合うのを避ける。こちらに多くを託されている感じがした。撮影直前の1週間はパニックに陥ったわ。
いったいこの撮影はどうなるんだろう、監督はどうするつもりだろうと疑心暗鬼になって。だんだんわかってきたんだけれど
これが彼の俳優を追い詰めるやり方の一環なのね」
ー具体的にはどういう演出を?
「たとえば、ラースは私にあるシーンを、叫びながら、泣きながら、笑いながら、の3バージョンを演じさせた。しまいには
まったく何を判断の基準にしていいかわからなくなってきたわ。でも、本当に監督として尊敬している人だから、どんな
試練でも受け入れるつもりでいた。だから、ひどい扱いを受けたと感じたことは一度もないの。自分が危険な領域に
いると感じたことは何度かあるけど、私は今回、自分を危険にさらしたかったわけだから」
ー多くの女優がこの役をオファーされて断っています。あなたが引き受けた理由は?
「脚本を読んですっかり引き込まれてしまったの。残酷な物語のように、読んでいて内臓をえぐられるような気がした。
とても不思議で、すべてを理解できないけれど、何かが言葉の背後に隠れているような脚本だった」
ーこの映画で自分が変わったと思いますか?
「終わったときには、開放されたような気分になったわ。2ヶ月の間、叫んだり、泣いたり、ありとあらゆる極端な感情を
表現してきたから。すべてが終わってほっとしたし、同時にこんな経験は人生で二度と訪れないとも思った」
ー撮影はセラピーのような役割を果たしたのでしょうか?
「いいえ。この役は私とはまったく別もので、感情移入はほとんどしなかったの。子供を亡くした女性というだけで、私には
耐え難い。役を通して癒されるという感じは全然なかったわ」
ーかなりショッキングなシーンもありますが、演じるのは大変でしたか?
「ヌードはまったく抵抗がなかった。ただし、すべてのセックスシーンを自分で演じたわけでなくて、吹き替えの部分も
あるの」
ーこれはあなたの女優としての”生涯の役”では?という声もありますが?
「でも、私のキャリアはまだ終わったわけじゃないのよ!むしろ、こういうふうに総括したいわ。この映画は、二度と
経験できないし、自分でも二度と経験するつもりがない、極限の冒険だったとね」
ー子供たちが成長したら、この映画を見せますか?
「いいえ、正直、それは避けたいと思っているの。私は18歳のときに「ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ」を観たけれど
母のヌードにはまったくショックは受けなかったし、美しいと思った。でも「アンチクライスト」には、とても生な、残酷な
シーンがある。あれは観てほしくない」
ーあなたのパートナー、イヴァン・アタルは映画を見たのでしょうか?
「ええ。カンヌに動向するか否かを決める前に、映画を見てほしいと頼んだの。彼にとってはあまりいい経験ではなかっ
し、つらかっただろうと思う。でもイヴァンはとても寛容で思いやりがある人だし、仕事に関しては、どんなことでも
受け入れるオープンな心を持っている。今回もすべてを受け入れてくれたわ」
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