シャルロット・ゲンズブールが20年ぶりにアルバムを出した、というだけでも事件だが、新作「5:55」の

ゴージャスな参加メンバーを見るとさらに驚かされる。作曲がエール、作詞にシャルロット自身に加えて

元パルプのジャービス・コッカーとディヴァイン・コメディのニール・ハノン、プロデューサーにはレディオ

ヘッドやベックのアルバムで知られるナイジェル・ゴドリッチ等、なんとも心憎い面子が並んでいるのだ。

彼女がアルバムを出すと聞いて、おそらく多くのファンは「シャルロット・フォーエバー」の延長のような

路線を予想していたのに違いない。かつて父セルジュのプロデュースのもと、繊細なウィスパーヴォイス

を披露していただけに、もはやロリータではないにしろ再びフレンチ・シャンソンのエスプリにあふれた

ものになるのではないか、と。だが、本作はむしろとてもインターナショナルな趣きの、新鮮な音だ。

しかも独特の声を生かしながら、「夜」をテーマにエロティックというよりは夢幻的で、ときに奇妙で

魔術的な闇のひとときを表現している。いまのシャルロットに相応しい成熟や強さや官能を感じさせる

作品である。父親の影響から抜け出てこういう変化を遂げた彼女の選択を正しく、素晴らしい結果を

生んだと断言できるだろう。今回の経緯を語るその言葉の端々からも、そのきっぱりとした意思と

ヴィジョンが感じられるはずだ。

ーこれまで映画のインタビューばかりで、あなたの音楽の趣味について訊く機会がなかったのですが

けっこういろいろなタイプの音楽を聴いて育ったほうですか?

「昔はそうだったわ。ブラッサンスのようなシャンソンから、エルヴィス、ビートルズそれから時代ごと

のヒット曲。「グリース」とかブロンディやプリンス。でも今は私の趣味も変わった。むしろレディオ

ヘッドとか、最近発見したのはシド・バレット。ピンクフロイドは前から聞いていたけど、シド・バレット

のソロは聴いたことがなかったの。彼の声はとても個性に富んで魅力的だわ」

ーもちろん音楽の面ではあなたのお父様の存在も大きいと思いますが、彼以外ではどんなミュージ

シャンに影響を受けていますか?

「トム・ヨークね。今の時代、彼ほどのアーティストはほとんどいないと思う。芸術性、音楽にかける

情熱、そして驚くほどのポエジーと豊かさを内に秘めている」

ー久しぶりにあなたがアルバムを出したのは意外でした。というのも、「レモン・インセスト」のビデオ

クリップを見ると、歌うことをあなたが楽しんでいたようには見えなかったもので(笑)

「うふふふ」

ーでもじつは、いつかまた歌いたいと思っていたのですか?

「たしかにビデオクリップは楽しい体験じゃなかったわ。カメラの前で歌うのは嫌いだった。でも父と

一緒に歌うこと自体はとても楽しかったの。「シャルロット・フォーエバー」を作った思い出は私にとって

かけがえのないものよ。でもその後父が亡くなって、父なしで音楽をやることは想像できなかった。

またやりたいという気持ちになるまで長い時間が必要だったわ。音楽は私の本職ではなかったし。

一旦ドアを締めてしまったら、無意識に自分のなかからそういう気持ちを排除していたのかもしれない。

でもやがて少しずつ自分で扉を開けるようになって、気持ちが育つのを待っていたような気がする。

それが10年くらい前で、もっと積極的にやりたいと思えたのが4年前。で、その1年後ぐらいにエール

と偶然知り合って、それで彼らとコラボレートしたいと思うようになったの」

ーナイジェル・ゴドリッチ、ジャービスコッカー、ニール・ハノンと、このアルバムには他にもゴージャス

な面子が並んでいますが、どうやって集まったのですか?

「それがこのプロジェクトのいいところだったんだけど、誰もこちらから強制するような人はいなくて

みんながやりたくて自然に集まったの。エールとナイジェルは最初から関わっていたわ。面白いのは

ナイジェルはエールのアルバムをプロデュースしているから良く知っていたわけだけど、彼らは私が

歌った「LOVE etc」をのテーマソングを聴いてミックスを作ったの。その曲は私自身も聞いたことが

ないんだけど、そのときナイジェルが彼らに、「彼女とコラボレートするべきだ。彼女の声はきみたち

の音楽に似合っている」と言ったんですって。だから彼自身もそういうアイディアを持っていたわけ」

ーすごい一致ですね。

「まったく偶然なんだけど、素晴らしい出会いだった。実際ニールもジャービスもそんなラッキーな

偶然が重なったようなものよ」

ーあなた自身作詞もしていますが、それもアイディアをあたためていたのですか?

「自分でやりたいと思っていたけど、なかなか書けなかったの。エールと最初にミーティングをした

ときは不安で一杯で、彼らを質問攻めにしたわ。そんなことが続いたあと彼らに「でもアルバム

作りというのは成行きに任せる自由さも大切なんだ。慎重になりすぎるのは良くないよ」と言われて。

幸運だったのは、レーベルも自由にやらせてくれて、締め切りのプレッシャーが皆無だったこと」

ーとてもインターナショナルな趣きの作品であることも新鮮でした。

「特にインターナショナルなものにこだわっていたわけではないの。ただ英語で歌いたかった。

フランス語だとどうしても父の歌を思い出し、完全に煮詰まってしまうから」

ージャービスの歌詞は、パルプと比べるとシニカルな毒素は弱まっていますよね。よりあなた自身

の世界にあわせているというか。

「そうね、彼自身の世界はもっと辛辣で、社会と個人みたいな関係性のものが多いわよね。たしかに

彼が書いたなかにはちょっとこれは私が歌うにはどぎつすぎると思うものがあって、和らげてもらった

こともあった。でも逆に私が求めていたけれど書けなかった、風変わりで、ノワールなエスプリのもの

もあったわ。彼の役割はとても大きかった」

ーこのアルバムを自分で定義するとしたら、どう表現しますか?

「私にとっては、夜について歌ったとてもパーソナルなアルバム。夜は人を自分自身に向き合わせ

るし、思考のなかに埋没させる。夢を見ることもある。そこには何かしら私自身のパーソナリティを

反映するものがある。それを歌いたかったの。夜の闇の中に留まった状態で、ドラマティックな

瞬間もあれば、夢幻的な瞬間もあって・・・。夢について語ること、夜のムードを作り上げること

は私に自由な雰囲気をもたらしてくれる」

ー夜はあなたにとって、暗い、悪夢的なものをイメージさせるのでしょうか?

「そうね・・・例えば「リトルモンスターズ」は子供について歌った曲で、無邪気な軽さがある一方で

ちょっと悪夢的な雰囲気がそれを包んでいる。異なるムードがミックスされているところが好きなの」

ーヒントになるイメージはありましたか?

「参考にした映画がいくつかあったわ。「狩人の夜」「シャイニング」「忘れられた人々」。「忘れられた

人々」にはとても暗くて風変わりな夢のシーンがあって、それが印象に残っているの。「狩人の夜」

は子供っぽい無邪気さとぞっとするムードが合わさっている」

ーコンサートをやるつもりはありますか?

「興味はあるけどまだ自信がないっていう状態(笑)。その気後れをコントロールできるようになったら

やりたいわ。でもどのみち、すぐにというのは無理ね(笑)」