シャルロット・ゲンズブールは頑固だ。デビュー当時からつねにその演技が賞賛を受けてきたにも拘わらず

(『なまいきシャルロット』でセザール有望新人女優賞を受賞。『ラブetc.』では同最優秀女優
にノミネート、

『ブッシュ・ド・ノエル』で最優秀助演女優賞受賞)、いまだに自分の演技に自信が持てな
いと語る。いや、

演技だけではなく、外見、性格、そして自分自身に対する懐疑を捨てられないのだと。
その一方で、昔ほど

に頼りなげな儚さは感じられない。特に4年前、男優イヴァン・アタルとの間に一児
をもうけて以来、新たな

家族の存在は著名な両親ゆえのコンプレックスを彼女に与えるのではなく、信頼
と休息を与えてくれるコク

ーンのような存在へと変化したようだ。インタビューでは、淡々とではあるがよく
喋るし、何よりその率直さ

に驚かされる。だが、だからといってシャルロットが生まれ変わったと考えるのは
短絡的というものだろう。  

パトリス・ルコントの新作『フェリックスとローラ』で彼女は、ぐっと大人びた雰囲
気を醸し出しつつも、ふた

たび物憂気で今にも崩れ落ちそうなヒロイン、ローラを演じている。その横顔はま
るで『小さな泥棒』の十

年後を見ているかのようだ。いったいスクリーンの彼女はどれほど実際のシャルロ
ットに近いのか、ある

いは近くないのか。本人は自分がどれだけ変化したと考えているのか。だが、そうした
こちらの疑問に応

えるその語り口からは、まさに彼女自身が今、自己不信や過去という足枷と日々格闘して
いる様が伝わ

ってくる。果たして今後彼女がどれだけ変わるのかはわからない。だが、シャルロット・ゲンズ
ブールと

いう女優の素晴らしさは、そのミルフィーユのように繊細な重層性にこそあるのではないだろうか。



――ルコント監督は女優をもっとも魅力的に撮れる監督のひとりですが、彼の特性とはどんなところに

ある
と思いますか。

「その旺盛なエネルギーかしら。パトリスの撮影現場では、映画のエネルギーをまさに彼が持って来て

くれ
ているのが感じられるの。すべてのショットに関して彼自身がフレームを決めるし、自分でカメラを

肩に担ぐ
こともあるし、とにかくつねにカメラのすぐ後ろにいてくれる。だから役者にいつも一緒に居る

という安心感を
与えてくれるし、リスクを共に背負ってくれているの」


――なるほど。今作のローラは、たとえば前作『ブッシュ・ド・ノエル』に比べてももっと女らしくて、ミステ

アスなファム・ファタルという役柄だったと思うのですが、演じる上で特に意識したことはありますか。

「たしかに今まで以上にフェミニンな役ではあるけど、わたし自身彼女はすごく不器用で、むしろ『ファム・

ファタル』になろうとして失敗したヒロインだと感じたの。そこがもっとも惹かれる点だった。化粧は厚す

ぎるし服装だってシックとはいえないのに、自分ではあれでとても誘惑的だと思っている。まるで探偵も

のに出てくるヒロインだと思い込んでいるのよ。ただ『ブッシュ〜』との違いは、あの役が自分に自信があ

攻撃的なキャラクターだったのに比べ、ローラはもっと繊細で脆くて、苦悩を抱えているの」



――つまり自分に自信がないゆえに、違うキャラクターを作り上げようとしているわけですね。

「そう。コンプレックスの固まりで、本当はあんな化粧を落としたほうが美しいかもしれないのに、彼女に

そう思えない。ちっとも自分にはいいところがないと思っているから、もっと他人に魅力的に映る人物

を演じ
ようとしている」



――彼女に共感する部分はありましたか。それともあなた自身とはかけ離れたキャラクターという感じ

だっ
たのでしょうか。

「うーん……今のわたしは彼女に似ているとは思わない。わたしにとってローラはある意味思春期で成長

するのをやめてしまったような人物なの。というのも、自分とは違う人物を装って他人の関心を惹こうとす

るのは、ティーンエイジャー特有の微笑ましい好意だと思うから。でもたしかに、不器用な面はわたしに

っくりだわ。それに自分に自身が持てないところも(笑)。以前ほどではないけれど、それでもときどき

そうい
う心境に陥るときがある。今のわたしは努めて自分をそこから引き剥がそうとしている最中なの。

でもローラ
の自己不信が漠然とした不安感からきているのに引き換え、わたしのはもっと自分自身に対

する懐疑心に
よるのだけど……」




――たとえばどんな点において?

「演技に対してとか、いろいろ。自分のやり方が完璧だと思ったことは一度もない。いまだに勘や欲求と

いっ
たものに頼ることはあるし、果たして自分が論理的なメソッドと言えるものを持っているかどうかも

わからな
いわ」



――あなたはまた、長いことフェミニテ(女性らしさ)というものが苦手だと語っていたと思うのですが。今

克服したんですか。

「んー……そうね。というのも、馬鹿げた考え方だけど、それってすごく服装や外見に関係していることだ

思っていたのよ。で、わたしってスカートをはくととても居心地が悪かったから、『スカートがはきたい、

はき
たい!』って思いながらもはけなくて(笑)。それとかもっとエクササイズとか身体のことを気遣ったり

しなく
ちゃいけないのかな、と思ったり。でも今はそういう思いはなくなったわ。それに本当のフェミニテは

外見
じゃなくもっとほかの面にあると思うから。でも実際、今でも自分のアンドロジナス的な面にはコンプ

レック
スを持ってるわ。わたし自身、もっと女らしい体つきのほうが美しいと思うし。でもまあ、それも大それ

問題ではないんだけど……。うん、たしかに以前に比べたら自分を受け入れられるようにはなったわね」



――それは子供を持ったこととも関係があるのでしょうか。

「それが直接の原因になっているかどうかはわからないけど、ずいぶんいろいろな面で助けられていると

いうのは本当よ。まず、子供を持つのは長年の夢だったし……けっして急に思いたったことじゃなくて、何

も真剣に考えていた末のことだったの。それで実際に持ったら、本当に憧れていた通りに生活に活気

を与え
てくれた。もちろんそれだけじゃなくて、もっと愛情面のでのこともあるわけだけど……あまりに

私的なこと
は話せないけど、そういうことを抜きにしても、すごくわたしの人生に影響を与えていると思う」



――たとえば子供のどんなところに影響を受けたりするんでしょう。

「子供を見てると、彼にとって何が必要か、何が大切なのかがすごくよくわかるの。とてもナチュラルで

ンプル。そういうのを見ていると、自分もシンプリシティというものを再発見する。それに子供って一時


じっとしていないから、否がおうにも現実に引き戻されるでしょ。わたしって放っておくと後ろ向きなノスタ


ルジーに浸っちゃうところがあるから、それには本当に助けられているわ」



――最近はモード写真のモデルとしてもよく活躍されてますね。これはあなたの心境の変化を表わす

のなんでしょうか。

「いいえ、それは違う。たしかに前に比べたら引き受けるようにはなっているけど、相変わらず自分では

っとも楽しめないわ。カメラの前に立つとすごく居心地が悪いの。ああいう撮影ってわたしにとっては


わばゲームに参加するようなもの。むしろ静かに言われる通りのことをして、たとえ気に入ろうが気に


るまいが用意された服を着て……すごく不思議な感覚。ちょっとホッとできるようなところがあると同時


――っていうのも、特にやるべきことがあるわけじゃないから。でもそれでいてとても不安定な状態でも

ある。うまく行かなくて自分のやっていることがまったく好きになれないことだってあるわ。でもそれでも、

断るよりはトライしたいという気持ちなの」



――同じカメラの前に立つのでも、モデルと女優の場合ではまったく違うと。

「天と地ほどに違う。そもそも自分をモデルだと思ったことはないし、自分で美しいとも思ってないし、カ

ラの前に立つと本当にどうしていいかわからないの。だから撮影の時はいつもカメラマンが何か指示し

くれるのを待っている。でも映画の場合は、自分なりにある程度役に対する準備をしてきているわけだ

し、
何より役柄を演じているわけだから、演じる楽しさこそあれコンプレックスは感じない。そこには自分

自身
よりももっと重要なキャラクターやシーンというものがあって、そのために自分のことは忘れられる

から。
この仕事でわたしがもっとも好きな点はそこにあるの」



――役者をやっている人には、意外にシャイな人が多いと思うのですが、そういう部分が関係している

だと思いますか。

「たしかにそうかもしれない。わたしも役者にはシャイな人が多いと思うし、一見それとは矛盾する職業

ようだけど、実は自然なことなんじゃないかしら。だって実際カメラの前にいるのは自分ではなくて、役


はむしろキャラクターの影に隠れることができるんだから。わたしたちはその人物に貢献しているだけ
で、

これまで自分が経験してきた感情をそこに活かしているだけなの」



――その一方で、役者とはナルシストなものだ、という意見もありますが。

「もちろんそうよ(笑)」

――(笑)

「本当に! だってわたし自身、人から見られることの喜びっていうのはつねに持っているもの。たとえ

ときにはそういう視線が疎ましく感じられたり、いつも見られている準備が出来ているわけじゃなくても、

やっぱり、"見つめられている"と感じることが必要なの。たとえば映画を撮って、それが誰の目にも触

ることなくオクラ入りになってしまったら、すごくフラストレーションを感じると思う」



――それにしてもこうして伺っていると、以前取材がとても苦手な方だったとは思えないほどなんですが。

昔に比べて、喋れること・喋りたくないことをコントロールできるようになったんでしょうか。

「それはわたしが昔はひどすぎたからよ(笑)。でもわたしにとって、プライベートな領域を保つというの

はとても大切なことで、すべてをみんなにわかってもらいたいとは思わないの。それに雑誌に出た自分

の記事を見てショックを受けることも少なくない。なんて言うか、わたしが意図したようには書かれていな

かったり、故意にある面だけが強調されていたり……。わたしって、つねにそのときどきで正直であろう

として、それで後になっていつも後悔するのよ。自分の不信感やメランコリックな部分を話してしまい、

結局いつもそういう面だけがクローズアップされてしまう。『悲し気で弱々しい……』とかなんとか。もち

んそういう面があるのはたしかだし、それは喋ったわたし自身の責任でもあるんだけど、でもだからと

いって嘘はつけないし……」



――でもどうしてメランコリーな印象を与えるのがそんなに嫌なんですか。

「うーん……それってわたしには簡単すぎることだから。わたしの外見って本当に悲し気だし、もう自分

のそういう写真を見るのにうんざりしてるのね(笑)。だからそういうイメージとは少しでも違ったものを出

たいと思っている」



――でもそこがまた、とてもミステリアスでもあると思うんですが。

「わたしはミステリアスでも何でもな
いわ。自分のことはよくわかっているんだから(笑)。たんに陰気くさ

いだけ」



――(笑)。たしかに、実際の生活のなかでは家族や子供に恵まれて幸せな部分もあるわけですもんね。

「そう、私生活では本当に幸せだわ。だからこそそういう暗いイメージっていうのは、わたしのシャイな性格

や口べたなところや控えめな面がよけい災いしているんだと思う。(ため息)ううん、わたしはそんな
凝り

固まったイメージより、もっと生き生きと、つねに前向きであるように精一杯努力しているつもりなの」


テキスト 佐藤久理子 /撮影 ケイト・バリー       Thanks to Yuki!!!