シャルロットゲンズブールが母親になるということーそれが一体何を意味しているのか、様々な思いが改めて頭の中を駆け

巡った。待ち合わせの場所のサンジェルマンにあるホテルにタクシーを乗りつけ、彼女が現れたときのことだ。まるで近所に

買い物に出かけるようなラフなスタイル、大きくせりだしたお腹だけがまさに臨月であることをはっきり示している。そのお腹の

なかにはジェーンバーキンと今は亡きセルジュゲンズブールの孫が今や誕生のときを待っている。世界一有名なカップル

からちょうど26年前の7月に生れ落ちたこの「美しい子供」はその一挙一投足を世界中からーときには奇異の目でー見守ら

れてきた。引き寄せられるように自ら映画デビューを果たした13歳の時以来、いつも両親と見比べられ「彼らみたいにうまく

できない」と思い悩み「わたし、本当に幸せになんか絶対なれない・・・」と寂しげにつぶやいていた彼女の印象は常に

「少女」のままだった。だが新作、パートナーのイヴァンアタルと出会うきっかけにもなった「愛をとめないで」以来となる

エリックロシャン監督の「アンナオズ」でのシャルロットはすっかり成熟した、しかしまったく異なるタイプの2人の女性を見事

体現している。いずれも自信なさげな少女の姿はそこにない。実際に話してみると、たしかに何度か指摘されてきたように、

彼女はインタビューに答えるのがそれほど上手くなかった。シャイでナイーブなところもイメージしていた通り。

だがそれに甘んじるでも開き直るでもなく、映画や演技について、パートナーや両親について、そしてまだ見ぬ我が子に

ついて、じっくり言葉を選びながらも率直に語ってくれた、そこには、ただ受動的に流されることもなく、人生を選び取ろうと

する一人の女性のたしかな意思があった。


ーちょっと前パトリシアアークエットにインタビューしたときに、彼女がこう言ってたんです。自分はあんまり人にノーと言え

ないタイプで、つい強く勧められると引き受けてしまうと。それで、後からそんな自分自信に腹がたってくるのだと。あなた

自身もそんな経験はありますか?

「そうねぇ・・・たしかにそういう経験もないとは言えない。でも私はむしろ嫌なことははっきりノンと言える。迷いながらも

引き受けてしまうなんてことはないわ。だってそんなのすごくストレスが溜まりそうじゃない」

−たしかにそうですね。じゃあ、たとえばこういう意見に対してはどう思います?アーティストというものは、みんな多かれ

少なかれエゴイスティックな人間である。というのも彼らは自分の道を探求していかなければならないし、理想を追い求め

ていかなければならないから・・・。

「う〜ん、アーティストのエゴイズムねぇ。まぁ、他の人のことはわからないから一般論ではいえないけど、私自身は確か

にエゴイスティックな面ももっていると思う。でもそれは私が女優だということとは関係ないと思う。アーティストという職業

にエゴイズムが必要不可欠だとは思わない。反対に私はもっと自分に寛容性が欲しいと思ってるぐらい。自分自身のため

だけに演じるなんて侘しすぎる。演技っていうのはもっと人と何かを交換し合うものであって、だからこそ人と共演すること

は楽しいの。たしかに、そういうものの考え方をしない人と一緒に仕事をしたこともあった。でも結果は私にとっては面白い

物じゃなかったわ。というか、私が考えるにそういうタイプの人はエゴイストというよりはむしろ誇大妄想狂ね。自己中心的に

なることが、さも役者の特権であるかのような勘違いをしているの。でもそういう考え方を押し通して生きていくわけにはいか

ないんだから、やっぱり早く心を入れ替えた方がいいと思う(笑)」

ーなんでもエリックロシャンは「アンナオズ」をあなたのために書いたというふうに言われていますが、それは本当なんですか?

「う〜ん、実際のところは私にはよくわからない。そもそも4,5年前、私のところにあんまりやりたい脚本がこなかった時期に、

彼が私のために何か書こうと思っているといわれたことがあったの。それからしばらくして見せてもらったのが「アンナオズ」。

そのときはたしかに、そんな口説かれ方をされたわ(笑)」

ーじゃあ、別にシナリオにあなた自身の意見を取り入れた、とかではないんですね。

「ええ、私自身あんまりシナリオに対してアイディアがある方じゃないし、渡されたもので満足していたから。それにエリック

とは「愛をとめないで」のときに一度仕事をしているから彼のことはすごく信頼しているの」

ーあなたのパートナーであるイヴァンもやはり「愛をとめないで」で共演していて、以来ロシャン監督の親友でもありますよね。

彼はこの作品について何かあなたにアドヴァイスをくれたんですか?

「特別にっていうわけではないけど、いろいろ相談する中で助けになってはくれたわ」

−彼は通常あなたが作品を選ぶ時に、いろいろアドヴァイスをする方ですか?

「私がそれを必要としているときにはそうしてくれる。でも特に私から何か聴かない場合はあんまり口出しはしない・・・」

−監督としてのロシャンのどういう部分に惹かれますか。

「私は彼のバラエティに富んだところが好きなの。今まで長編を4本作っているけど、どれひとつとして似通った物はない

でしょう。それにひとつひとつの作品がとてもユニークだし。すごく才能のある人だと思う。これほど役者として面白い仕事に

出会える機会は滅多にない。だから自分はとってもチャンスに恵まれていたと思うわ」

−彼の演出法というのは?たとえばリハーサルをけっこう重んじる方ですか、それともむしろ現場における即興を大切に

するとか。

「撮影前はけっこう念入りに打ち合わせをした。っていうのも「アンナオズ」の場合私は二役を演じるから、しっかりキャラ

クターを分けなければならなかったから。でもその後に他の共演者とリハーサルをした。私にとってはこういう撮影前の

リハーサルの過程がすごくエキサイティングなの。でも一旦現場に入ったら、彼は即興も取り入れてくれる。エリックは

そういう点ですごく心のオープンな人ね。それに彼はすべてを見通しているというような安心感を人に与える人でもある。

そういう監督と一緒に何かを探求していくというのはすばらしい体験だわ。本当の意味でコラボレーションといえると思う」

−ところでこの作品中あなたはこれまでにも増していろいろな衣装で登場するわけですが、普段のあなたといのは今日の

ようにジーンズ姿が圧倒的に多いですよね。撮影中スカートとかタイトなドレスが多かったからちょっと窮屈だったなんて

話もどこかで目にしましたが。あなたにとって衣装というものはそれがどんなものであれ、やはり役作りの上でずいぶん

助けになるものですか。

「もちろんそう。「ジェーンエア」のときもウエストや首周りがすごくタイトなドレスで息苦しいほどだったけど、かえってそれが

精神的に役に近づく上でも手助けになった。どれに衣装っていうのはなにより、その役のパーソナリティを発見する手段

でもあるし」


−それにしても、どうして普段あなたはジーンズばかりなのですか?(笑) たとえば自分の装うスタイルに関しての哲学

みたいなものがあるんでしょうか?

「う〜ん(笑) 強いて言えば洋服に対して着心地の良さを求めるってことかしら。以前はこれでもいろいろ試したことも

あったけど、やっぱり一番楽なのはジーンズだった(笑) 洋服は好きだし、その美学的な面も好きなんだけど、いざ自分が

着るという事になるとやっぱり着心地のよさが一番になっちゃうの。それに私の場合、私生活で窮屈なことが多いから、

格好ぐらいは楽でいたいっていうのがある」

ーというと?

「それはやっぱりいろいろと・・・。でもここではあんまり個人的なことには触れたくないわ」

−わかりました。ところでちょっと前にあなたへのオマージュとしてイヴァンがあなたのことを語ったものを雑誌で読んだの

ですが、その中で彼はあなたを女優としてすごく尊敬してましたよね。あの記事は読みました?

「(静かに微笑みながら)ええ」

−本当に手放しで賞賛っていうかんじでしたが、ああいうことはふだんからよく言われたりするのですか?

「(笑って)まさか・・・。でもあの記事はたしかにとっても思いやりがあるものだったわ」

−それによるとあなたは役作りを始めるとだんだんと自分の中に閉じこもっていくタイプだとか。そういう方法はずっと以前

からのものですか?

「3〜4年前に初めて「オレアナ」という芝居を演じて、それからだんだんと身に付けていったことなの。それ以前は役作り

といってもキャラクターの性格を考えるぐらいで、あとは本能的に演じていたような感じだった。今は逆にじょじょに役に

入っていくという感じ。ものにもよるけど、時間があればあるだけリサーチしたい。いきなり明日この役を演じて、とか言わ

れたらきっとパニックになると思う(笑)」

−でも監督の中には当日撮る部分のシナリオを配ってほぼ即興でやらせる人っているでしょう?たとえばゴダールだとか。

「そうね。ルルーシュなんかもそうだって聞いたわ。でも私はこれまでそういうタイプの監督に当たったことはないの。もちろん

そういう方法は理解できるんだけどそうしたやり方を受けいれるにはよっぽど信頼のおける監督じゃないとだめだと思う。

だってそれってまったく先の読めない仕事でしょう?即興のよさはわかるけど同時にそれはポーカーみたいな危険な

賭けでもある。私の場合はあんまりうまくいかないかもしれない・・・」

自分の演技に関して、あんまり自信がないのですか?

「全然ないわ。こういう仕事って間が空くでしょう。そうするとふと我にかえって自分の演技を思い出して、あれこれ考え込

んでしまうの。そうするともう、どんどん自分の中で自信喪失していってしまう。私の場合、役者のコラボレーションなり、

演出なりがスクリーンにどう定着したのか、その結果が見たくて出来上がった作品を見に行くんだけど、こと自分の演技

に関して満足できた事はほとんどない。自分でも、この役に対してはこうあるべきだっていう要求がちょっと厳しすぎるの

かなっていう気もするけど・・・」

ーでもそこまでいつも自分を追い込んでいかなきゃならない女優という仕事はあなたにとって何を意味するのでしょう?

「う〜ん・・・どっちみち自分ではつらい職業だと思ったことはないの。というか、困難だけど、同時にそれはすごくエキサイ

ティングな経験でもあるから。こういう道に入れる人ってとても少ないから、自分は本当にラッキーだったって思う。むしろ

私が大変だと思うのは、この職業自体というよりそれに付随する私生活への影響ね」

−たとえばあなたは外に出たときに人が寄ってきて話し掛けられたりするのはやっぱりうざったいなあと思ったりしますか?

「(しばらく考え込んで)いいえ、それはない。もちろんちょっと暴力的な人だったりしたら困るけれど、幸いこれまで私が出会

った人は礼儀正しい人ばかりだったし。ただ、単純に人から話かけられたりするだけなら、むしろ嬉しい事じゃなかしら」

ー最近あなたは「LOVE etc」という作品でイヴァンと共演していましたね。あのときは家でキャラクターについての打ち合わ

せなんかもしたんですか?

「ええもちろん。ちょっとしたリハーサルみたいなこともやったりしていたわ。そうやって共犯関係を築いていくのはお互い

にとってすごく有益なことだと思うし。たとえ決まったプロジェクトがないときでも、けっこう私たち家で演技について話し合

ったりしているの」

−じゃあ、彼と共演するのはむしろやりやすい?

「他の人と比べたらすごくやりやすいわ。安心感がもてるっていうか。私はイヴァンの判断に絶対の信頼を寄せているし、

彼がつねに私のことを見ていて意見を言ってくれるのを知っているから。だから彼と共演するのは楽しいし、なにより気分的

に楽なの」

−あなたと彼の役作りの方法というのは似通ったものがあるんですか?

「私はむしろ正反対だと思う。彼がいったいどういう方法をとっているのか実際に私にはよくわからない。でもとにかく、彼は

いつもアイディアを恐ろしくいっぱい持っていて、とても開放的なの。すごい才能よね。残念なことに私にはまねしようったっ

てできないけど・・・」−彼はまたこうもいっていますけど。「もし誰かのことを嫌いになる役を演じたら自分も最後にはそいつの

ことが本当に嫌いになってしまう」って。だとしたら

「LOVE etc」の現場はけっこう大変だったんじゃないですか?だってヒロインを巡って男2人が火花を散らすという設定

なんですから。

「でも幸いそんな険悪な雰囲気にはならなかったわ(笑) もちろん役を演じるときは役者はその感情を本当に体験しなけ

ればならない。もし憎しみを演じるんだったらその瞬間その人は本当に憎しみを感じていなければならない。それはたしか

にその通りよ。でも、その感情はほんの一瞬のものなの。だから一旦現場を離れてしまえば人は役のペルソナから簡単に

抜け出すことができるのよ。少なくとも私の場合はそうね。役者によっては撮影期間中ずっとそのキャラクターになりきって

いるという人がいるのも知ってるわ。それに朝から晩まで現場にいれば少しは精神的にも影響されるかもしれないけど、

それにしたって家に帰ってまでそれがずっと続くっていうのは私にはよくわからない。そうそう、瞬間的な感情っていうこと

に関して言えば、私が「LOVE etc」の中で一番やっていて気持ちよかったのが喧嘩のシーン。あそこは本当にやっていて

ストレス解消になった(笑) ああいう激しい感情の表出って普段の自分にはまったくないものだけど、とってもエキサイトするの」

ー(笑) でもだからと言って、じゃあ自分ももうちょっと激しい性格になろうかな、と思うわけではないんですか?

「う〜ん、どうかしら・・・ 直接に影響されるということはないかもしれないけれど、自分の性格をまったく肯定しているわけ

でもないし。内面的な部分で試行錯誤しながら自分を受け入れていっているという感じなのかもしれない・・・」

−「LOVE etc」のラストは結局女ひとりと男ふたりというトリオが一応丸く納まるところで終わっていますね。あなた自身は

男女3人が一緒に平和に暮らしていくという意見に賛成ですか?「私は無理だと思う。男ふたりに女ひとり、あるいはその

逆でも、結局は感情的な部分でうまくいかないんじゃないかしら」

−あの映画ではまた、ヒロインの夫の親友がかなり執拗に彼女にモーションをかけ続けますよね。で、結局彼女はそれを

受け入れてしまうわけですけれど、こういうふうに男性がモーションをかけ続ければ女性は振り向くみたいな意見について

はどう思いますか?

「う〜ん、でもあの映画では彼女の方も彼とであった瞬間から彼に何かしらその種の感情を抱いていたと思うの。だから

こそ、あれほど執拗に迫られて、ついその誘惑に負けてしまったのよ。彼女が最初からそういう魅力を彼に対して全然

感じていなかったとしたら、やっぱり無理なんじゃないかと思うけど」

ーなるほど。ところで、役者の度量というのはその人の人間的な成熟度に比例すると思いますか?

「もちろん。役者というのは自分自身がこれまで経験してきた感情を利用してやっていくものだし、その意味でも経験という

のはとても大切なものだと思う。それは何もプロフェッショナルな場に限らなくて、むしろ私は毎日の些細なことから学ぶ

ことがとても大切だと思っているわ」

−じゃあ、もちろん母親になるということもーこれは女性にとて一大イベントでもあるわけですし、女優としてのあなたに多く

のものをもたらしてくれると言えますね。

「・・・どうかしら。(微笑みながら)それは今の時点ではなんとも言えない。(しばらく考えこんで)きっと子供ができたら

すごく自分が変わるんだろうな、という気は する。でも、いずれにしろまだちょっと想像できないわ」

ーあなたはよく、自分はとってもなまけ者だと言ってましたけど、女優業と子育てを同時にやっていくことはすごくハード

なんじゃないですか?

「でもできないことじゃないと思う。だって私の身近には母というそれこそ素晴らしいお手本があるから。彼女は子育てと

女優業というのを見事に両立させてきた人でしょ、だから私もー今はすでに仕事をお休みしてるけど、一年後かもうちょっと

したらいずれ仕事に復帰したいと思っている。私自身すごくこの仕事が好きだし、私のバランスのためにも仕事は必要

だし・・・。ひいてはそれが子供のためにもなると思う」

−あなたのお父さんはわりと子供に甘く放任主義だったみたいに言われていますけど、あなた自身、子供にたいしては

どういうふうに接すると思いますか?

「それはまだよくわからない。ただしっかりした教育と・・・礼儀正しい人になってほしいと思っている。私、行儀の悪い人は

嫌いだから(笑)」

−以前あなたは、実際の年齢より若く見えることが仕事の上でも影響していると言ってましたけど、だから20代で子供を

持とうと思ったというわけじゃないですよね?

「それはちがう(笑) 子供が欲しいと思ったのはもっと個人的な理由からなの」

−今でも年齢のことに関してはかなり気になりますか?

「以前ほどは気にしなくなったわ。でも20代ってありそうでいてあんまり役がなかったりするのよね。30を超えると母親役も

あるし、20歳前なら思春期の役があるんだけど、ちょうどその中間っていうのは母親もティーンネイジャーも演じられられ

ないどっちつかずの時期だと思う。もちろん他の若い女優さんで活躍している人たちはいっぱいいるわけだけど・・・。いずれ

にしろ、私に母親役がまわってくるのはずっと後のことでしょうね(笑)」

−今の自分はすごく満ち足りていると言えますか?

「う〜ん・・・。子供が生まれたときにそういうふうに言えたらいいなぁと思っている(笑)」


Text by Kuriko Sato