シャルロットゲンズブールはある意味で女優とすら呼べないのかもしれない。85年、「なまいきシャルロット」で主演デビュ
ーしたのがわずか15歳のとき。87年の「シャルロットフォーエバー」では実の父親セルジュ ゲンズブールとの近親相姦を
演じ、89年の「小さな泥棒」では学校が終わるとワンピースに着替えて盗みを働く不良娘に扮した。スクリーンに映し出される
彼女の何気ない仕草はとても演技とは思えないほどに生生しく、何か見てはいけないものを見てしまったかのほうに我々を
どきどきさせた。そうシャルロットゲンズブールこそ、
生まれながらに人の心を惑わす術を心得たロリータなのだ。しかし
90年にフランスきっての放蕩者だった
父親が この世を去るのとときを同じくして、それまで眩しく輝いていたロリータ・
シャルロットもなぜかパッとしない役が多く
なる。92年に「セメントガーデン」に出演して以降はさしたるニュースも聞こえて
こない。自分の中に宿るロリータと芽生えつつある女優としての自覚とがうまくかみ合わない、そういうもどかしい思いが最近
のトーンダウンぶりからは垣間見えるのだ。果たしてシャルロットはこれからどうなっていくのだろう。いまだに次の作品も
決まってないという状況の中で、今年23歳になるシャルロットの揺れ動く心境が伝わってくる貴重なインタビューだ。
ようやくシャルロットの「セメントガーデン」がここフランスでも公開された。これはアンドリューバーキン(シャルロットの叔父)
監督の毒のある映画で、兄と妹が誰にも言わずに母親を地下室に閉じ込めるいきさつよりも、ふたりの怪しく謎めいた結び
つきの方に力点をおいて語られている。だがこの作品は1年以上前に作られたものだ。そしてそれ以降シャルロットは映画
を撮っていない。その内面から発散される魅力は変わっていないものの、それでも現在の彼女を見ると随分と大人びた
ような雰囲気がある。
彼女が身に付けた成熟さ、ちょっとはにかみがちは奔放さには驚かされる。その奔放さが彼女を導き、微笑ませるように
思える。この底知れない魅力を前にして映画監督たちが彼女のドアの前にひしめきあわない方がむしろフシギだ。
−どうしてこんなに映画に出なくなっちゃったんですか?
「理由はすごく単純。ほんとにおもしろいと思うものがないから。脚本をもらわなかったわけじゃないの。読んでいるんだけど、
その中にはイエスと言えるほど気をそそられるものがひとつもない。映画を引き受けそうになったことは何度もあるけど・・・。
でもそれはただ、映画が取れないっていう絶望から! とにかく映画をやりたかったの。結局はそれも断ることにしちゃった
んだけど。それでもときどき思ったわ。私は撮影してる方が幸せなのかなって。俳優にすごく気を配ってくれる監督と組んでね」
−あなたが脚本に期待するものとはなんでしょう?
「感動。その物語が私を感動させてくれること・・・。私のところに持ち込まれた脚本を読むと、全然心を動かされないことが
多いの。ダイアローグの流れがあんまり自然じゃなかったり。きっと私が勘違いしているんだろうけど・・・」
−最初からクロードミレールやベルトランブリエと組んで成功したことにも問題があるのでは?
「ええ、きっとそうね。たしかに私、それですごくわがままになってしまったんだわ(笑) 素晴らしい役、しかも主役をすぐに
もらえたから、今では脚本を読むとまず自分のことを考えずにいられない。自分を中心に映画がまわっていてほしいって
いつも思っちゃう」
−「セメントガーデン」のどこに惹かれたんですか? 叔父さんのアンドリューバーキンと仕事できること?
「いいえ、そうじゃない。そのことはむしろ不安だった。でも彼が読むようにって脚本をくれて、そしたらほんと、その
ストーリーに感動したの。すごく奇妙な話なんだけど・・・。あの男(アンドリューロバートソンが演じる)のたどる道筋、それに
彼と妹のちょっと奇妙な関係がすごく気に入って。ほんと変わってるの。原作も読んだけど、とてもおもしろかった。
アンドリューがどんなふうに映画化するつもりかわからなかったけど、そこに興味を惹かれた。そのうえ英語で演じること
への挑戦もあったし」
−どうして? あなたは当然英語を喋れるんじゃないの?
「いいえ。母はいつもフランス語で話してたから、私はリセでしか英語を教わったことがないの。だから英語で演技して
みたいと思った。あるコーチ、アンドリューが完全に信頼してる人なんだけど、彼女に会ったら、私はこの映画をやれるだろう
って言ってくれた。でも撮影前に半年勉強したのよ。すごく技術的なことー声の出し方とか、口にもの挟んで話すとか!
私演劇学校で正式に勉強したことが一度もないから、そういうことやるのがすごくおもしろかった。勉強するのってとても
いいことだと思う。それまでは映画について勉強してるって実感したことが一度もなかった。なにもかもすごく自然な形で
流れてたから。だから意識して考えたうえでやったのはこれがはじめて。たぶん「愛をとめないで」は別かな。エリック
ロシャンはイヴァンと私に映画にない場面を何度もやらせたの、私たちの出会うところとか・・・」
ー外国語で演じることによってあなたの演技法が変わったと思いますか?
「それはもう! ずっとくつろげない感じだったの。考えないようにとか、全部吹き替えで直せるとかアンドリューがどんなに
言ってくれても、やっぱり私アクセントの悩みが抜けなくて」
−映画の中のあなたはとても伸び伸びしているようですけど・・・?
「えっそう? それならよかった! でも実際、心の中ではそうじゃなかったの。ただ幸せなことに、すごくまわりの人がよく
してくれた。それに今回は、これまでの作品以上にみんなの助けが必要だったみたい。私絶えず安心させてもらわないと
だめだった。自分がなにやってるのか全然わからなかったんだもの」
ー「メルシーラヴィ」のあとにドワイヨン監督の「愛されすぎて」、そしてアンドリュー監督の「セメントガーデン」と続いて、
一族総出といった印象をちょっと受けますが。結局これが心地よい仕事のやり方なのかなというような・・・。
「心地よいなんて、私にはとてもいえないわ。とんでもない!(笑) でもたしかに新しい出会いはなかったわね」
−だから映画に出る機会も減ったんでしょうか?
「ええ、そういう面はかなりあるでしょうね。偶然、町でスタッフが撮影してるところにぶつかったことがあったの。私ずっと
見てたわ。カメラも何もかもあった。近づく勇気はなかったけど、すごく羨ましくて・・・。ただその雰囲気がね・・・。よく言われ
るのよ、「何か本を探しなさい。ストーリーを見つけて、プロジェクトを準備してなにか書いて・・・」でもそれは私の仕事じゃ
ない! だからこそ、ほんとうに救われる方法はないのよ。役者は自分だけじゃ仕事できない、ほかの人の望み次第なの。
はじめはずっと簡単だった。私は何も期待してなかったけれど、それで自然とうまくいってたの。だけどひとつ私が驚いたの
は、フランスでは男でも女でも、若い役者には監督に出会う方法がないっていうこと。ただ会うことすらできないの。はっきり
したプロジェクトがない限り会えないのよ」
−監督に電話をかけるとか、あなたの好きな作品を作った映画関係者に手紙を書くとか、そんなふうにして彼らに会おうと
したことは一度もない?
「いいえ、一度あるわ。それほど前のことでもないんだけれど。でも相手がだれかは言わない!(笑) 私が小さい頃に会った
ことがある人で、新作を観たときにすごくそれが好きだったから、また会いたくなったの。それで手紙を書いたんだけれど、
全然返事がこなかった。ある日町で会ったのよ。そしたらすごく優しかったわ。でも私の出した手紙については何も言って
くれなかった!(笑) フランスではそういうアプローチをすると、とたんに自分がすごい出世主義者のような気がしてきちゃう。
でもアメリカなら現地のエージェントがいろんな人に会わせてくれる。それってすばらしいじゃない。結果は出ないかもしれな
いけど、少なくとも下準備をしようという意識がある。アメリカではほんとに道理にかなったやり方をしてる気がするわ。監督と
俳優は自然に出会って、ちゃんと知り合うの。そういうやり方の方がわかりやすいわ」
ー映画を撮っていないときはどんなことをしているんですか?
「たいしたことしてないわ。これが第一ってものが私にはないの。もちろんちょっとしたことはいろいろやってるんだけど、
ほんとにそれで頭がいっぱいになるってことはない。実はデッサンとかやりはじめたんだけど、全部やめちゃったの。単純に
映画がほかのすべてに勝ってしまったから。映画が一番大切なものになったから。だからそれもあって、今って待っているとき
ますます心配なの」
−そういえば夏の晩にシャンゼリゼ通りであなたとすれ違ったことがありましたけれど、あなたはフィアンセと一緒で、コンバ
ーチブルを運転しながらラジオをかけて・・・。まるで「甘い生活」を地で行ってるみたいでしたよ。
「(笑) たしかにね。私楽しんでるわ。満足できる生活だし。それでもやっぱり暇な時間の半分以上はひとりであれこれ考え
てるのよ。それに私怠け者だけど、映画っていうのはすごくやるきを与えてくれる。映画が働きかけてくれる。私には仕事する
枠組みが必要なの。だから私学生時代は静かな生徒だったのよ」
−あなたのデビュー作「残り火」が最近テレビで放映されましたね。観ましたか?
「いいえ。でもわりと最近ビデオで観たわ。おもしろかった。ほんとに昔のものだけれど、それでもすごくはっきりした思い出
があるから。たとえば撮影の初日、市場からカトリーヌドヌーブと一緒に帰ってくるシーンをやったのよ。その前にエリー
(シュラキ)監督から言われてた。「きみはにんじん、ねぎ、じゃがいも、カリフラワーを冷蔵庫に並べて」。野菜をどの順番に
並べろって言われたのかきちんと覚えていられない、って思ったら、私完全にパニックになっちゃって。でももちろん、そんな
順番にはなんの意味もなかったの!(笑)」
ーそのほかの作品をもう一度観てみたことはありますか? たとえば「メルシーラヴィ」などは?
「ええ、観たわ」
−どんな印象でしたか?
「言いにくいな。私自分の頭の中で映画を美化しちゃう傾向があるの。あらゆるトリックを使ってね。だから実際にその作品を
見直してみると、自分の欠点がすっかりわかってしまう。それでも私の記憶の中では、欠点なんかまるでないの!」
−当時意識しなかったことでなにか気づいたことってありますか?
「1年前に「メルシーラヴィ」を観たんだけど、そのときはたしかにあったわね。でもそのとき自分を見ないであの映画を観たら
すごく感動したの。アヌーク(・グランベール)にはほんとぐっときた。あの映画をもう一度観てよかったわ。
−今振り返ってみて、この4,5年のあいだにあなたが一番変わったことというとなんでしょう?
「ある意味で、枷がはずれて自由に動けるようになったみたい。5年前はインタビューで一言も喋れなかったもの。でも別の
面ではますます身動きできなくなってしまった感じもする。要領はわかってきたけど、ほかのものを失ってしまった・・・」
−というと?
「たとえば昔持っていたイノセンスをなくしてしまった気がするの。自分の中の好きなところ、好きじゃないところを自分で
すごく意識するようになってしまった。前はそんなこと気にしてなかったのに」
−どういうところが好きで、そういうところが好きじゃないんですか?
「好きなところっていうのは言いづらいなぁ。好きじゃないところは・・・。コンプレックスはいつでもいっぱい持ってるけど、
前はそれをハンディキャップとして受け入れてた。我慢しなくちゃいけないんだって。いまは大人になったんだし、そういう
コンプレックスから開放さなくちゃいけないんだけど、なかなかそううまくはいかないの」
ーイノセンスをなくしたといいますが、本当にそうでしょうか?ストーリーの倒錯性とあなたから発せられるイノセンスとの
ずれこそ、まさに「セメントガーデン」の魅力になっていると思いますけど。あなたはどういうときにイノセンスをなくしたと思う
んでしょう?
「それは話せないわ。とにかく、ある日自分が歳とったのを実感するってこと。いきなり思い出が浮かんでくるの。でもそれが
実際はついこのあいだのことなのよ。なのにまるで年寄りが若い頃を思い出すみたいな感じなの。私はまだ22歳だっていう
のに!(笑)」
Text byJean−Pierre Lavoignat
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